ナイスネイチャ 天国のゴールへ…勝てないからこそ愛された35年、引退馬支援で輝き続ける記憶

2023年5月31日 05:30

松永昌師とナイスネイチャ

 有馬記念で3年連続3着に入り「ブロンズコレクター」「名脇役」と呼ばれた元人気競走馬ナイスネイチャが30日、35歳の大往生を遂げた。北海道浦河町生産。現役時代は重賞で4勝を挙げた。晩年は生まれ故郷の渡辺牧場(浦河町)で余生を過ごし、引退馬の代表的存在として、例年誕生日に実施される「バースデードネーション」で多くの寄付金を集めた。

 人間に換算すると100歳以上とみなされる35歳のナイスネイチャは、今月に入って体調を崩していた。30日の午前11時半ごろ、放牧地で横たわり立てなくなった。引退馬協会によると「朝から心拍数も上がり、腸の動きも鈍化。体力的にもはや限界」となり、鎮静剤と麻酔剤を投与されて安らかに息を引き取った。眠るように旅立ったという。

 ナイスネイチャは競馬ブームが最高潮に達した90年代に活躍。91年から93年の有馬記念で3年連続3着。重賞で2着4回、3着は有馬記念も含めて7回。なかなか勝てないものの善戦する。ひたむきに頑張るキャラクターがファンの心をつかんだ。41走中40走で手綱をとった松永昌博調教師(当時騎手)は「思い出のレースはいろいろあるけど、94年の高松宮杯で2年8カ月ぶりに勝てたことかな。その日の中京競馬場は、凄い盛り上がりだったよ」と当時の人気を懐かしんだ。3着が多かったことから「ブロンズコレクター」と呼ばれ、99年にJRAで1~3着のうち2頭を当てる「ワイド馬券」が発売開始となった際にはキャンペーンキャラクターとなり、CMにも起用された。

 96年に現役引退後は01年まで種牡馬。その後は渡辺牧場で引退馬協会の“広報部長”として貢献した。同協会は引退馬支援の輪を広げようと、17年にナイスネイチャの誕生日(4月16日)に合わせて募金活動「ナイスネイチャ バースデードネーション」を開始。18年に始まった、競走馬を擬人化したアニメ「ウマ娘 プリティーダービー」のキャラクターになったことも手伝って、ファンが募金に参加。35歳となった今年の募金額は過去最高の7402万2066円に達した。協会の沼田恭子代表は「体調が悪いと聞いていたので、覚悟はしていました。ナイスネイチャのおかげで多くの引退馬たちが、新しい生活に向かうことができます。存在の大きさを実感しています」と悼んだ。94年の高松宮杯(G2)など重賞は4勝したが、G1勝利には届かなかったナイスネイチャ。引退馬支援についてはどのG1馬にもまねできない「主役」の実績を残した。

 ▽サラブレッドの年齢 生誕時から12月31日を0歳(当歳)、1月1日に誕生日とは関係なく一斉に加齢される。一般的に寿命は25歳前後。25歳は人間で言えば約80歳に当たる。国内最長寿記録は19年に死んだシャルロットの40歳。初期の成長スピードが速く、28日に行われた日本ダービーに出走する3歳馬は人間に換算すると高校生くらい。その後の成長は緩やかになっていく。1964年の3冠馬シンザンは引退後26歳まで種牡馬生活を送り、当時の記録となる35歳まで生きた。ナイスネイチャの母ウラカワミユキも長寿で36歳まで生き、これがサラブレッド牝馬の国内最長寿記録。

 ▽前田佳織里(「ウマ娘」ナイスネイチャの声優) 言葉がまとまらず、今はただ寂しい気持ちでいっぱいです。穏やかな表情や存在にいつも勇気をもらって、言葉では言い表せないほど私も大切に思っていました。長い間本当にお疲れ様でした。ずっと大好きです。 (SNSから)

 ▽松永昌博調教師(現役時代の主戦騎手)引退してからこれだけ時間がたっても応援していただいて、本当にありがたいです。ご冥福をお祈りします。

 ◆ナイスネイチャ 父ナイスダンサー 母ウラカワミユキ(母の父ハビトニー)1988年4月16日生まれ 栗東・松永善晴厩舎 馬主・豊嶌泰三氏 生産者・渡辺牧場 戦績41戦7勝 総獲得賞金6億2358万5600円

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