ワグネリアン急死…ダービー制覇から4年、福永は悲痛の涙「本当に残念…」
2022年1月7日 05:30 生涯現役のまま――。体調を崩し闘病中だった18年の日本ダービー馬ワグネリアン(牡=友道、父ディープインパクト)が5日午後6時ごろ、栗東トレセン診療所の入院馬房で息を引き取っていたことが6日、分かった。7歳だった。涙のダービー制覇から4年。主戦の福永祐一(45)は6日朝に栗東まで駆けつけ、愛馬を弔った。
戦い続けた不屈のダービー馬が、この世を去った。昨年11月28日のジャパンC(18着)後に体調不良となり回復に向けて懸命の治療が続いていたが昨年末に容体が急変。5日夕方、力尽きた。胆管に胆石が詰まっていたことから多臓器不全に陥ったとみられている。
早すぎる別れ。6日朝の栗東トレセンには、左鎖骨骨折で療養中の福永の姿があった。「今朝、最後のお別れができましたが本当に残念です。年末から具合が悪いとは聞いていましたが、ここまで悪くなっているとは思っていませんでした。自分の人生を変えてくれた、特別な思い入れがある馬です。素晴らしい経験をさせてもらって感謝しかありません。心からご冥福をお祈りします」。
あまたの名馬とコンビを組んできた福永が「宝物」と表現する特別な存在が、ワグネリアン。デビューからダービーまで6戦続けてコンビを組み、あうんの呼吸で頂点に立った。内枠が絶対有利とされるダービーで、18頭立て17番枠の圧倒的不利をはね返した人馬の走りは、伝説として語り継がれている。福永にとってはこれが19回目の挑戦にして初めてのダービー制覇。レース後は涙を流し、「初騎乗のキングヘイロー(98年14着)、1番人気で臨んだワールドエース(12年4着)、エピファネイア(13年2着)も結果を残せなかった。“もう一生勝てないんじゃないか”と思った時もあった」と苦悩を打ち明けた。諦めかけた夢をかなえてくれたのがワグネリアンだった。
「ダービー後はワグネリアンに何も返すことができなかったことが心残りです」。福永とワグネリアンが共に先頭でゴールを駆け抜けたのはダービーが最後。だが、その経験を糧に福永自身は20、21年にコントレイル→シャフリヤールで史上3人目のダービー連覇を達成。ワグネリアンを含めた「4年で3勝」は史上初の快挙となった。一時は一生勝てないとまで考えたダービーで、“優勝請負人”と呼ばれるまでに成長した。
競馬史において、ワグネリアンはただのダービー馬ではない。日本が誇る名手・福永を真の一流ジョッキーに“育てた”名馬。これからも福永が活躍する限り、ワグネリアンの勇姿は競馬ファンの記憶に何度でもよみがえる。
▽18年ダービーVTR 1番人気ダノンプレミアム、2番人気ブラストワンピースの無敗馬2頭が注目を集めた一戦。8枠17番から出た5番人気のワグネリアンは積極的に好位につけ、直線で壮絶な追い比べの末に皐月賞馬エポカドーロを捉えて栄光のゴール。3着に16番人気のコズミックフォースが入り、平成最後のダービーは3連単285万6300円のレース史上最高額を記録した。
《平成以降では初…ダービー馬現役のまま生涯に幕》現役のまま生涯の幕を閉じたダービー馬は35年ガヴアナー、40年イエリユウ、51年トキノミノル、65年キーストンのみ。ワグネリアンで5頭目、平成以降では初めてのケースとなった。通算17戦5勝、うち重賞は17年東京スポーツ杯2歳S、18年ダービー、神戸新聞杯の3勝。獲得賞金は5億1243万7000円。