【追憶の皐月賞】05年ディープインパクト 4馬身の出遅れも何の ターフの星が苦闘乗り越えまず1冠
2024年4月10日 06:45 中島みゆきの名曲「地上の星」が最近、テレビからよく流れてくる。NHKで伝説の番組「プロジェクトX」が18年ぶりに復活(「新プロジェクトX」)したからだ。
筆者が「地上の星」を聴いて思い出すのは「プロジェクトX」ではなく、平成の名馬ディープインパクト。管理していた池江泰郎調教師(引退)のガラケーの着信音が当時、「地上の星」だったからだ。
「風の中のすばる~♪」のメロディーを聴くと、脳裏に、あの“英雄”が直線で鋭く追い込む様子がよみがえる。「もしもし、池江です」の声とともに…。
さて皐月賞。無敗のまま3冠を制したことを知っている今となっては思い出すことも難しいが、実は当時、「ディープが負けるとすればここ(皐月賞)だろう」と言われていた。
もともと、小回りで急坂が控え、直線も短い。強豪にとって怖さしかないトリッキーなコース。同じ中山芝2000メートルの弥生賞。ディープインパクトは勝ったとはいえ2着アドマイヤジャパンと首差だった。このコースで差をつけて勝つことは困難。もし、1つでもミスがあれば敗戦まであり得る…ということだ。
そのミスが起こった。スタート。ディープはゲートが開いた瞬間につまずき、4馬身ほど遅れた。このときの競馬場に起こったどよめきは、今も耳の奥に残る。
ただ、武豊騎手に焦りはなかった。ディープなら、じっくり構えても大丈夫。人が慌てると馬に伝わるから、ゆったりと行こう…そう考えた。
このスタートについて、市川明彦厩務員は、のちにこう語った。「武豊騎手だから、あの遅れで済んだ。技術のない騎手なら落馬したり、もっと遅れていますよ。“ああ、遅れたな”くらいで、厩舎スタッフの間に焦りはなかったです」
道中も苦難は多かった。向正面で内のローゼンクロイツに何度か馬体をぶつけられた。さすがは安藤勝己騎手というべき厳しさだが、ディープは平静を保っていた。
その後も、これまでの3連勝のようにはいかなかった。3、4角中間。武豊騎手の手が動いた。そして左ムチが入る。4戦目で初めて実戦でステッキが使われた。「大丈夫か?」。スタンドは、またもどよめいた。
ただ、ハラハラしたのはここまで。外で進路を確保したディープインパクトは直線を向き、一気にスピードを上げた。残り200メートルでもう先頭。残り30メートル付近では手綱を緩めていた。
「この馬はちょっと…凄いね。パーフェクト。走っているというより飛んでいる」。武豊騎手の言葉を必死にノートに書き込んだ。
「ファンはダービーを圧勝するシーンが見たいでしょうね。課題がないわけではないが楽しみは大きいですよ」。自分から“ダービー圧勝”という言葉を口にした。ダービーでは相当に自信があるのだろうと感じた。
あの皐月賞から19年が経過した。ディープは世界的な種牡馬となった後、2019年に世を去った。
ただ、この世にディープはもういないという実感が個人的にはない。皐月賞のスタートで出遅れた時に起こったどよめき、圧勝ゴールの瞬間に湧き起こった歓声が今もはっきりと耳に残っているからだろうか。
先日のドバイシーマクラシックでもシャフリヤール、ジャスティンパレス、オーギュストロダンと3頭の産駒が出走した。勝てはしなかったが、ディープインパクトここにあり、と感じさせた。
「プロジェクトX」のエンディングテーマ「ヘッドライト・テールライト」には「旅はまだ終わらない」という一節がある。ディープインパクトの旅もまだ終わっていない…。そんな気がしている。