吉田俊介サンデーR代表 リバティアイランドへの思いを語る 後編 「みなさんが気持ちの…」

2025年5月27日 05:00

東京競馬場で取材に応じたサンデーレーシング代表の吉田俊介氏

 4月27日に行われた香港G1「クイーンエリザベス2世C」に出走した23年3冠牝馬リバティアイランド(牝=中内田)が、レース中の故障で予後不良となった。最後の直線で急失速して競走中止。左前脚の種子骨靱帯(じんたい)の内外両側の断裂と球節部の亜脱臼により、安楽死の処置が施された。

 リバティアイランドを所有したサンデーレーシングの吉田俊介代表(51)が、愛馬の死後、初めてメディアの取材に対応。当日の舞台裏、癒えぬ悲しみ、葛藤を赤裸々に語ってくれた。

前編から続く

 「(事故の直後は)最悪の事態にならなければいいなと思ったし、競走馬としては5歳の今年か来春で終わりなので、やっぱり繁殖になってくれたらいいなという一縷(いちる)の望み、まずはそこに頭がいきました。日本だったら最悪、安楽死という話になるとしても、調教師さんやオーナーの方に連絡がいって“救えません。いいですか?”と確認があったりするのですが、香港では何もなかった。何もかもがテキパキしていたんです。そういう文化になじんでいない我々からしたら…。なんというか…ずっと引きずっています。少しでも苦しむ時間を短くしてあげるのがいい、そういう風に思って何とか自分を納得させようとしました」

 「ドゥラメンテの時(21年8月に急性大腸炎で9歳で急死)もきつかったんです。でも(リバティアイランドは)ドゥラメンテみたいに何年か繁殖生活を送れるという(可能性も)一瞬でなくなってしまった。ディープインパクトの時(19年7月に頸椎骨折で安楽死)も辛かったですが、やっぱりだんだんと覚悟していく時間はあったんですよ。今回、違うのは、あまりにも(お別れの時間までが)早かったから」

 「中内田調教師も川田騎手も大変だったと思います。帰国後はすぐに2人で牧場に来てくれて。それまで関わってくれたスタッフたちとも話をしてくれて、川田騎手はずっと泣いていました。こちらも感極まる言葉を言ってもらった。これだけノーザンファームの中でも悲しむ人がいるし、会員さんとも全員とは話せていないけど、“リバティアイランド命”でこの2、3年動いてくれていた人もいました。献花台とかを見て、競馬ファンの方々もこれだけ大勢の人を悲しませてしまったんだなと痛感しました」

 「唯一、こちらが動けたのがノーザンホースパークの献花台でした。あんなにすぐに作ってもらえると思っていなかったです。(レースの)次の日(4月28日)に頼んだら、翌日の火曜日(同29日)には出来上がった。JRAさんもすぐに、次の週末に設置してくださって。僕も京都競馬場の方に行きました。本当にすごくたくさんの方が花を手向けて祈ってくださり、列をなしてくださっていた。本当にありがたいと思います」

 「向こう(香港)は普通は土葬みたいなんですけど、こちらからお願いをして火葬にしてもらいました。だから遺灰は(日本に)あります。きれいな骨つぼに入れて持ってきてくれました。向こうでお墓をつくってくれるという話もあったんですけど、こちらにあった方がいいのかなと思って。ノーザンホースパークの人目に触れる場所にお墓をつくる計画をしています。これまでお墓は人目に触れないところにつくっていたんですけどね。みなさんが少しでも気持ちの整理を付ける場所が必要かなと思います」

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