【追憶の天皇賞・秋】93年、死闘の末にヤマニンゼファー戴冠 マイル王は距離の壁を打ち破った

2022年10月26日 07:00

93年の天皇賞・秋で壮絶な叩き合いを演じた1着のヤマニンゼファー(右)と2着のセキテイリュウオー

 1993年の天皇賞・秋の出走馬でG1馬は2頭だけ。豪華とは言いづらいメンバーだったが、各ジャンルからこれほど個性派を集められたG1もそうない。ステイヤーのライスシャワー、マイラーのヤマニンゼファー、逃げのツインターボ、G1で5戦連続掲示板確保のナイスネイチャ、古豪ホワイトストーン…。そして実際のレースも、30年近く経ってなお、ベストバウトの一つに数えられる。手に汗を握る一騎打ちを演じたのはヤマニンゼファーとセキテイリュウオーだった。

 逃げたツインターボが4コーナーで早々と、先行したヤマニンゼファーにつかまる。ゼファーがあっさり単独で抜け出した。先行集団で競馬を運んだ他馬は、1番人気ライスシャワーが距離不足で伸びあぐね、ナイスネイチャは蹄鉄がねじれるアクシデントで急失速、ロンシャンボーイは脚が続かず後退。ゼファーの独走にはさせないとばかり、ただ1頭、中団から押し上げてきたのがセキテイリュウオーだ。

 抜け出しが早すぎて目標のなかったゼファーは外から伸びてきたセキテイリュウオーに向けて馬体を寄せる。斜めに走るロスのぶん、リュウオーが先んじる。ただし馬体が併せられると、ゼファーが食い下がって差し返す。今度は内ラチに寄っていったゼファーに向けてリュウオーが馬体を併せに行く。壮絶な叩き合いとなった。2頭は文字通り鼻面を並べたままゴール。

 長い写真判定の末、鼻差の勝者はヤマニンゼファー。鞍上の柴田善は「春の安田記念(1着)が同じパターン。あの時も、4コーナーからいい脚を使った。それを信じて先頭に立った」と振り返った。

 ゼファーが安田記念を連覇して迎えた秋初戦、初の1800メートル出走となった毎日王冠では6着に終わった。父ニホンピロウイナーの血統的に、さらに距離が延びて2000メートルとなる天皇賞・秋は「厳しい」という見方が支配的。実際、5番人気で単勝11.7倍の評価だったが、「流れに乗りさえすれば、距離は大丈夫だと思っていた」と柴田善は事もなげ。ただレースに先立つ10月5日、ヤマニンの前オーナーである土井宏二氏が80歳で亡くなったばかりで、その話題の際には「天から見守られていたような感じでした」と感慨深げに語っていた。

 マイルで十分な実績を積みながら、2000メートルの天皇賞・秋に挑んだことについて栗田博憲調教師は「去年、今年と安田記念を勝ってくれた。天皇賞を勝てば、この馬の価値はさらに高まる。未知の距離に挑戦すべきだと考えた」と思いを語った。レース後「試みて良かった。馬が良く応えてくれて、苦労もいっぺんに吹っ飛んだ」と相好を崩した。この年の8年前、安田記念を制して天皇賞・秋に挑んだニホンピロウイナーは3着同着(勝ち馬ギャロップダイナ)に終わった。ゼファーは父の無念をも晴らした。

 2着セキテイリュウオー鞍上の田中勝春はレース後、人目をはばからず涙を流した。コメントを出したのは最終レースが終わってしばらくしてから。落ち着いた声で「セキテイリュウオーは最高の走りをしてくれたが…。残念。最後はG1を2勝している馬の底力にやられた」と愛馬と共に、かつてコンビを組んでG1(92年安田記念)を制した勝者を称えた。

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