【追憶の秋華賞】06年カワカミプリンセス 無傷5連勝で戴冠も…これが最後の輝き 名手の予感は幻に
2024年10月9日 06:45 昨年9月11日、06年オークス、秋華賞を制したカワカミプリンセスが天に召された。20歳だった。管理した西浦勝一元調教師は「名馬中の名馬だった」という最大級の賛辞を送って感謝した。確かにカワカミプリンセスには問答無用の強さがあった。
「自分が乗ってきた馬の中でもトップクラスだ」。オークス前、主戦の本田優騎手が語った。デビューから3戦3勝。確かにスイートピーSでの豪快な差し切りは目を引いた。
ただ、桜花賞組も強豪ぞろいだった。キストゥヘヴン、アドマイヤキッス、コイウタ、フサイチパンドラ…。桜花賞組にどこまで通用するかは未知だった。3番人気でオークスに臨んだ結果は…。快勝だった。早めに追い出してもバテないスタミナ。いい脚が長く続いた。
夏が過ぎ、迎えた06年秋華賞。今でこそ休養明けでG1を使っても誰も何とも思わないが、当時は「1戦、叩かなくていいのか?」と疑問視された時代だ。だが、西浦師も本田騎手も自信ありげだった。1番人気はトライアルのローズSを快勝したアドマイヤキッス。ファンもカワカミプリンセスの“ぶっつけ”に少々不安を持っていたのだ。
そして秋華賞。ピンチの連続だった。4角手前。周囲がペースを上げたところでついていけず、本田騎手の左ムチが早々と入った。
一気にギアを上げるカワカミプリンセス。そこで前の馬が外に動き、進路に入ってきた。接触。外に軽くはじかれた。
「もうダメだ。見ていられない」。2冠を期待して来場していた生産者兼オーナーの三石川上牧場・上山浩司社長は目をそむけた。ここから先のレースを全く見なかったという。
絶体絶命。だが、そこからがカワカミプリンセスの真骨頂だった。先に抜けたアサヒライジングとの差を1完歩ごとに詰める。それでも残り100メートルで4馬身はあろうかというところ。大きな完歩でグイグイと迫り、最後はかわしてみせた。
「4コーナーでぶつけられた時はダメかと思った。スパッとは切れないが、ジワジワと脚を使ってくれる。素晴らしい根性を持っている」。本田騎手は馬に感謝した。
そして、こう続けた。「この馬にはまだ理解できない部分がある。未知の世界があるんだ。きっと引退した時に、ああ凄い馬だった、と振り返ることになるのだろう」。テイエムオーシャンなど名馬の感触を知る名手だが、初体験のスケール感だったのではないか。その言葉からは日本競馬史上最強の牝馬となる可能性まで感じさせた。
だが、デビュー5連勝を飾った、この秋華賞が最後の輝きだった。続くエリザベス女王杯でも先頭でゴールを駆け抜けたが、斜行を取られ12着降着。そこから先は08年エリザベス女王杯2着などはあったが、白星に見放され、09年エリザベス女王杯(9着)を最後に引退した。
ひとつ歯車が狂うと、なかなか元には戻らないのが競走馬の難しさだ。あの時の本田騎手が感じたままにカワカミプリンセスが競走馬生活を歩むことができたなら、どれだけの名牝となっていたのだろうか。