ナカノコール呼んだ思い切りと奇跡

2020年9月25日 05:30

サンアップルトン

 【競馬人生劇場・平松さとし】現在67歳の中野栄治調教師。2001年にはトロットスターにより高松宮記念とスプリンターズSの短距離G1を優勝したが、彼の半生を振り返る上で抜きにできないのがジョッキー時代の話だ。中津や大井で騎手をしていた父を追うようにジョッキーになると、6年目の1976年、スピリットスワプスで重賞初制覇。この頃になると、現在の武豊騎手のように「美しい騎乗フォーム」で知られる騎手となり、JRAのCMにも起用された。

 そんな中野騎手を全国区にしたのは何と言ってもアイネスフウジンの存在だろう。89年にコンビで朝日杯3歳S(G1、現朝日杯FS)を勝つと、翌90年には現在もレコードとなっている19万超の観衆が見守る中、日本ダービー(G1)を優勝。語り草となる「ナカノコール」で祝福された。

 見事な逃げ切り勝ちだったわけだが、のちに中野調教師に話をうかがうと面白い事実が判明した。アイネスフウジンはダービーの前に皐月賞(G1)に出走。ハクタイセイの2着に敗れていた。当時を振り返り、中野調教師は言った。「皐月賞はスタート直後に他の馬に寄られて逃げられませんでした。でも先手を取れなかったこと自体より、番手で妙に折り合ってしまったのが敗因だと思いました。だからダービーは少々掛かっても良いから行かせようと考えていました」

 しかし、そのダービーもスタートで少しひるんだと言う。「ところがそこで奇跡が起きました。12番枠だったのですが、これがちょうどゲートの継ぎ目にあたる部分で隣の11番の馬と間隔があったんです」。そのため他の馬に惑わされることなくリカバリー。先手を取れたことで皐月賞馬ハクタイセイに雪辱。優勝できたと笑って語った。

 中野調教師は今週末のオールカマーにサンアップルトンを出走させる。前走の日経賞ではミッキースワローの後塵(こうじん)を拝したが、アイネスフウジン同様、逆転があるかもしれない。 (フリーライター)

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