恩師に筋を通した吉田豊の“男気”

2024年1月5日 05:00

 【競馬人生劇場・平松さとし】16年7月3日、吉田豊騎手の、2頭のお手馬が別々の競馬場で走った。

 一頭はレッドファルクス。吉田豊騎手と同じ大久保洋吉調教師(引退)を師匠とする尾関知人調教師の管理馬。過去に3度騎乗して2勝。前走の欅Sも快勝し、この日は中京競馬場のCBC賞(G3)に出走した。もう一頭はツクバアズマオー。こちらを管理するのは尾形充弘調教師(引退)。函館競馬場の巴賞に出た。

 このようにお手馬が重なった場合、通常、吉田豊騎手は(1)師匠の大久保洋厩舎の馬、(2)早く依頼された方の馬、という優先順位で騎乗していた。つまり、どちらも師匠の馬ではないこの時は、早く依頼された方に乗るのが定石だった。しかし――。

 「この時はレッドファルクスを先に頼まれていたのですが、尾関先生に頭を下げてツクバアズマオーの方に乗せてもらいました」

 そう語る吉田豊騎手は、尾形充師との関係を次のように続けた。

 「乗り馬が重なった場合、どちらが強いとか弱いとか、依頼が早いとか遅いとかに関係なく、師匠の馬を最優先に乗らなければいけなかったのですが、尾形先生だけは違いました。尾形先生は、大久保先生と直接、話をつけてくれて、チャンスのある方に乗せてもらえるよう、便宜を図ってくれました」

 そんな恩のある尾形充師だったが、この時点で定年が約1年7カ月後まで迫っていた。だから、吉田豊騎手はこの時ばかりはわがままを通して尾形充厩舎の方に乗せてもらったのだ。

 ところが結果は騎乗したツクバアズマオーが3着に負けたのに対し手を離れたレッドファルクスは快勝。そればかりか続くスプリンターズS(G1)も優勝すると、翌年にはスプリンターズS連覇を達成したのだ。

 「騎手は1レースに1頭しか乗れないから仕方ありません。尾形先生に筋を通したことは後悔していません」

 吉田豊騎手はそう言った。ちなみにツクバアズマオーと吉田豊騎手は翌17年の中山金杯(G3)を勝利。これが尾形充師にとって、最後の重賞勝利となった。

 さて、今年の中山金杯はどんなドラマが待っているだろう。期待したい。 (フリーライター)

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