日高から挑む有馬記念…メイショウタバルと三嶋牧場 夢にはまだ、続きがある
2025年12月23日 05:30 夢にはまだ、続きがある。「第70回有馬記念」で史上12頭目の同一年春秋グランプリ制覇を狙うメイショウタバルは、レジェンド武豊(56)とのコンビで参戦。現役屈指の“個性派”のルーツを探るべく、東京本社・後藤光志(30)が、生まれ故郷の三嶋牧場(北海道浦河町)を訪ねた。生産に携わった三嶋健一郎専務(53)、繁殖を担当する芦田康一厩舎長(54)にたっぷり話を聞いた。
6月の宝塚記念。武豊を背に鮮やかに逃げ切ったメイショウタバル。上半期のグランプリで記念すべきG1初勝利を挙げた。
「人気も人気(7番人気)でしたし、びっくりしましたよね。折り合ってほしいなと思っていたが、全てうまくいったのでしょう。精神的にも落ち着いてきた。これ以上ないほど大きい勝ちですよ」。阪神競馬場でレースを見届けた三嶋専務は当時を述懐する。
親交の深い先代オーナー・松本好雄さんが所有した「メイショウ」の馬に、レジェンドがまたがっての勝利。「松本会長がいらっしゃるところで勝てたのは本当に良かった。会長の馬でG1を勝ちたいという思いは強く持っていたので特別です。それで武豊さんで勝てるなんて夢のよう」。レースの数日後には松本さんと武豊が三嶋牧場を訪れた。「豊さんが直接、お礼を言いたいということで“松本会長がいるなら行くわ”と。社長(牧場代表の三嶋昌春氏)にも会いたいと言ってくれて、3人が並んでる光景は感慨深いものがありました」
愛馬の生まれ故郷で改めて喜びを分かち合い、新たな目標が決まった。「会長が“有馬ええなあ”と言われてて。タイプ的にも(中山が)合うのでは、という思いがあったのでしょうね」。その2カ月後、松本さんは病気のため、この世を去った。心待ちにした有馬記念を見届けることはできなかったが、その思いは“チームタバル”にしっかり受け継がれている。三嶋専務は「有馬を凄く楽しみにされていましたからね」と力を込める。
今年はTBS日曜劇場「ザ・ロイヤルファミリー」で、牧場がある日高地方にもスポットライトが当たった。「すごい反響。僕の周りはみんな見ている。それぞれ思いを持って頑張っているでしょうから、良いレースになって競馬が盛り上がれば」と“振興”の面でも期待を寄せる。
そんな大一番でメイショウタバルはファン投票第4位。ファンの人気が根強いゴールドシップ産駒に、個性的な逃げ脚質も相まって41万5575票もの支持を得た。「ファン投票でも人気でしたからね。無事に当日を迎えて良いレースをしてほしい」と同専務。もちろん、自身にとっても暮れのグランプリは格別。「出るだけでも凄い。そこに有力馬で出られるのはうれしい」と目を細める。
日高地区の生産馬が最後に勝ったのは17年キタサンブラック(ヤナガワ牧場)。くしくも同型の逃げ馬で、鞍上は武豊だった。託された夢の続きは有馬記念で――。偉業達成に挑むタバルが日高の地を明るく照らしてみせる。
《生まれてすぐ“オーラ” 芦田厩舎長「印象残る」》
2021年4月20日、午後11時。メイショウタバルは父ゴールドシップ、母メイショウツバクロの間に生を受けた。
「印象に残っているんですよね。何というかカリスマ性があった」。昨年のスプリンターズSを制したルガル、今年の秋華賞2着エリカエクスプレスなど、数多くの実績馬に加え、母ツバクロの全ての繁殖に携わった芦田厩舎長にそう言わしめるほど、生まれたばかりのタバルは“オーラ”をまとっていた。
きょうだいには脚元が硬くなりやすい共通点があったことから、交配相手には「柔らかみがあった」ゴールドシップを選択。「生まれた時から馬格があったし良い馬だなと。立った時には、今までの子よりも柔らかみを感じた。ずっとツバクロの子を見ていたけど、ちょっと違う子が出た」と期待通りの素質を感じ取った。厩舎には今も当時の出生記録が大切に保管されている。出産後、起立までにかかった時間は1時間5分。その10分後に初めて母乳を飲んだ。「起立から10分で授乳するのは早い。30、40分を超える馬もいますから。それだけしっかりしていたということですよね」と振り返る。
これまでの経験を惜しみなく注ぎ込んだ。「母乳(の質)が良いから、グッと成長する時期があるが、どうしてもそこで硬さが出てきてしまう」と同厩舎長。“成長期”に伴う弊害を考慮し、あえて運動制限を設けたほか、栄養過多やバランスにも配慮。ケアも入念に行いながら「人間が無理につくろうとはしなかった」。手塩にかけて育てられた愛馬は「力がみなぎっているというか、ポテンシャルがあふれている感じ。エネルギッシュだった」とすくすく成長していった。
記念すべきデビューは23年10月。3戦目で初勝利を挙げると、24年3月の毎日杯で重賞初制覇を飾った。芦田厩舎長は「まさか逃げ馬だとは思わなかったけど、やっぱり強いんだなと。ポテンシャルがあるんだと納得しましたね」と振り返る。ドバイターフ(5着)から挑んだ6月の宝塚記念ではG1初V。「メイショウのオーナーとJRAのG1を獲れたことが何より。三嶋牧場の悲願でしたから」と頬を緩めた。
目の前に迫ってきた大一番。芦田厩舎長は「まずは無事にゴールしてほしい」と“親心”をのぞかせつつ「牧場全体で超期待していますよ。やっぱりファンにも、関係者にも夢のレース、オールスターですから」と意気込む。数え切れないほど多くの思いを背負うメイショウタバル。いざ暮れの中山へと乗り込む。
《母・ツバクロも元気》取材時、放牧地で伸び伸びと過ごしていたメイショウツバクロ。芦田厩舎長は「元気ですよ。イレ込んだりすることもあるくらい。馬房は一番広いところです」と現状を伝える。現在、きょうだいには2歳のキミガハマ(牝=嘉藤、父ディーマジェスティ)、1歳にアルアイン産駒の半弟がいて、今春には全妹が誕生した。中でも全妹は父ゴールドシップと同じ芦毛の馬体。三嶋専務は「しっかりしてて気性も落ち着いている。注目されるでしょうし、ゴールドシップは人気ですからね」と今後の成長に期待を寄せた。
【編集後記】「人がいて、馬がいて、そしてまた人がいる」。松本さんが大切にしていた座右の銘を、取材でひしひしと実感した。芦田厩舎長もそんな思いに“導かれた”一人。「“松本会長の馬でG1を獲る”という社長の夢に乗っかりたいと思って三嶋牧場に入社した。当時はまだ牧場は小さくて、会社としても育っていかないといけなかったが、ずっと“自分の手で会長のG1馬を出す”と思い続けたからやってこられた。その思いがなければ挫折していたかも」。入社から27年、信じ続けた思いは今年の宝塚記念で結実した。「メイショウさんにはお世話になっているので、みんな同じ思いですよ」。“チームタバル”の結束はドラマの筋書きよりも、ずっと固くて強かった。(後藤 光志)






