【天皇賞・秋】セイウンハーデス最後の戦い 西山茂行オーナーへの思い込めて“人馬一体”
2026年10月28日 05:30 水曜企画「G1 追Q!探Q!」は担当記者が出走馬の陣営に聞きたかった質問をぶつけて本音に迫る。「第174回天皇賞・秋」は大阪本社の田村達人(33)が担当する。前哨戦の毎日王冠を制した7歳セイウンハーデスは、ここが引退レース。今回のテーマは「絆」「恩返し」「奇跡」。幸英明(50)、橋口慎介師(51)、千野智康助手(48)が思い出の出来事を振り返つつ、この一戦に懸ける思いを熱く語った。
【絆】セイウンハーデスの主戦を務める幸はオーナーである西山茂行氏の所有馬セイウンコウセイで17年高松宮記念を制した。食事やゴルフなどプライベートの付き合いが深くなったのはその頃からで、「面倒見のいい方。人との縁を大事にされていて、レースで失敗しても、継続で乗せていただける。今の時代には少ない、いい意味で昔ながらのオーナーです」と義理人情の厚さを明かす。
21年秋デビューのパートナーと歓喜も苦悩も味わった5年間。数え切れないほど思い出はあるが、中でも重賞初制覇を飾った23年七夕賞が「一番うれしかった」と即答。「オーナーのお母さまがレースの少し前に亡くなられた。精神的に落ち込んでおられた中でのレースだったと思うので…結果を出したかった」と熱い思いで挑んだ。長い騎手人生の中でも喜びは格別で、いろんな感情がこみ上げたレース後はG3で珍しいウイニングラン。勝利をかみしめた。「喜んでいる顔を見て、本当にうれしかった。あの場面でしっかり勝ってくれた馬には感謝しかないです」と頭を下げる。
昨年の天皇賞・秋(7着)は自身が骨折で休養中。懸命にリハビリに取り組んだが復帰はかなわず。入院先の病院でレースを見て、「自分が乗りたい気持ちが強かった」ともどかしさがあった。2年越しの舞台はラストラン。「勝つことが一番。それだけを考えて乗ります。まだまだやれるし、オーナーが引退を撤回してくれるような走りを見せたい」。鞍上にはVロードがはっきりと見えている。
【恩返し】橋口師とオーナーの付き合いは厩舎を開業したばかりの16年3月。電話で「リーチザクラウンの子をやってほしい」と頼まれたことが始まりだった。橋口師の父で元調教師の弘次郎氏が管理したリーチザクラウンは09年きさらぎ賞、10年マイラーズCと重賞を2勝。指揮官は「(父の頃から)お世話になっています。馬のことに関して、いつも僕の考えを尊重してくれる優しい方。やりがいを持って頑張れる」と満面の笑み。父から子へと、つながりを大事にしているオーナーの人柄が詰まっている。
今春、心配なニュースが飛び込んだ。オーナーが自身のオフィシャルブログで急性骨髄性白血病であることを発表。病室でレースを見守ったG1の大阪杯(5着)、安田記念(4着)。長い闘病生活が始まったが、それでも心は折れなかった。「入院中でも“毎日王冠のパドックに立つために治療を頑張る”と前向きに話されていた」と2人のやりとりを明かす。
有言実行。苦しい抗がん剤治療を耐え抜き、毎日王冠で競馬場に帰ってきた。その復帰を祝うかのような頑張りで鼻差V。夜は騎手、調教師を含めた“チーム西山”で祝杯を挙げた。「その場で涙を流している方もいらっしゃって、その姿を見て、改めて良かった…と心の底から思いました」と前哨戦を振り返る。
トレーナーとして、夢だったダービー(22年11着)に初めて連れていってくれたのも、厩舎の生え抜きで重賞初制覇を飾ったのもハーデス。「思い出がたくさん。後悔のないように最高の仕上がりで送り出し、最高の結果で締めくくれるように頑張ります」と力を込めた。
【奇跡】日々の世話を任されているのが20年以上のキャリアを誇る千野助手。愛馬と過ごした紆余(うよ)曲折の歩みを「まるで誰かが脚本を書いているかのような競走馬人生」と例える。
重賞を制覇した23年7月七夕賞で「これから一緒に大きな夢が見られる」と期待が膨らんだ直後、右前脚に屈腱炎を発症した。損傷率は22・5%と復帰を諦めても不思議ではない重症度。「マジか…とショックで、悲しすぎて何度も泣いた。当時はもう戻って来られないと本気で思った」と振り返る。
それでもオーナーは「続戦しよう」と決断。苦しいリハビリを乗り越え、約1年5カ月でターフに戻ってきた。「復帰できるだけでも奇跡だけど、その後に重賞を2勝。諦めなかったオーナー、その思いに応えてくれた馬に感謝です。この業界で何十年と働いている方でも、この子のような経験はできない」と語る。
愛馬と過ごす時間は残りわずか。「当然、寂しさはあります」と素直な心境を明かしつつも、「大きなタイトルがあるのと、ないのでは引退後の余生も変わってくる。前哨戦仕上げの前走よりパフォーマンスが上がるのは間違いない」と自信を持って送り出す。騎手、調教師、担当助手。それぞれラストランに懸ける思いは同じ。これまで何度も奇跡を起こしてきた古豪が最後の戦いに挑む。
《取材後記》3人のラストランに対する思いを聞こうと、それぞれに企画の説明をすると、快く取材を受け入れてくれた。これまで自分は西山オーナーのSNSを見ているだけで、会話をしたことがないが、人柄を伺うと「面倒見がいい」、「優しい」など、次々と言葉が出てくる。SNSの印象通り、いかに人格者であるかが、ヒシヒシと伝わった。
全ての取材を終えた後、セイウンハーデスを見せてもらった。調教終わりの午後だったこともあり、馬房の中でリラックスムード。それでも奇麗に手入れされた馬体は光り輝いている。千野助手は「前走を叩いて、体が引き締まった」と断言。エプソムCから休み明けで挑んだ昨年と違い、前哨戦を使われた今年はラストランにふさわしい仕上がりだ。七夕賞、毎日王冠と大事なシーンで結果を出してきたハーデスなら最後も大仕事をやってのけそうな気がしている。 (田村 達人)
《前走よりも上昇》セイウンハーデスは火曜朝、ダートコースでハッキングしてから坂路へ。橋口師は「雰囲気は良かった。前走は休み明けで“やっと間に合ったかな”という感じで6~7割のイメージだった。今回は100まで持っていけると思う」と上昇ムードを伝えた。最終追いは木曜の予定。「ひどい屈腱炎になって、復帰してからも重賞を2つ勝ってくれた。馬に感謝したい。ラストランだけど、馬はいつもと変わらない感じです」とまとめた。
