【弥生賞】鹿戸師、カーネリアンと紡ぐ久保田金造一門の無観客ドラマ
2020年3月4日 05:30 昭和から令和に伝承された無観客の回想録だ。「第57回弥生賞ディープインパクト記念」(8日、中山)にウインカーネリアンを送り出す鹿戸雄一調教師(57)には阪急杯(ベストアクター)に続く2週連続重賞Vが懸かる。鹿戸師といえば戦時中の無観客ダービーをカイソウで優勝した久保田金造調教師の最後の弟子。無観客競馬には師弟の不思議な巡り合わせがあった。
マスク姿の厩舎スタッフが目立つ全休日明けの美浦トレセン。JRA初の“無観客重賞”阪急杯をベストアクターで制した鹿戸師の周りにはマスク姿の報道陣の輪が広がる。「師匠が優勝したダービーも無観客だったけど、まさか私も無観客の重賞を勝つことになるとは…。不思議な巡り合わせを感じます」。同師が騎手だった30年以上前に、師匠・久保田金造調教師(故人)から聞かされたダービーの回想。「師匠は戦時中にお客さんが一人もいない東京競馬場で勝ったんだと自慢してました」と記憶の糸をたぐり寄せた。
戦局が緊迫した1944年(昭19)、東条英機内閣はこの年の競馬を中止、主要レースのみ馬券発売のない非公開(無観客)の能力検定競走にすると決めた。その無観客ダービーを制したのが久保田金造厩舎のカイソウだった。晴れやかな表彰式も省かれ、立ち合った陸軍将校の軍靴の音が歓声の代わりに鳴り響いた戦時競馬。「時代は全く違うけど、阪急杯も表彰式がなくて寂しかった。やっぱりお客さんが入ってこその競馬場だから」。同師は新型コロナウイルスが終息し、競馬場に歓声が戻るのを願っているが、図らずも今週の無観客重賞にも有力馬を送り出す。
弥生賞のウインカーネリアンは同師にJCタイトルをもたらしたスクリーンヒーローの産駒。「一瞬の切れはないけど、先行してバテずに長くいい脚を使える。しぶとい根性が持ち味。父親の特徴を引き継いでいる」。ベストアクターはくしくも祖母ダイナアクトレスの命日にあたる1日に阪急杯を勝ったが、スクリーンヒーローもアクトレスの孫だ。「前走(6着)は減った馬体を戻すのに加減しながらの調教。今回はいい体つきになっているし、稽古もしっかり積めた。1週前追い切りに乗った(初コンビの)ミナリクもいい雰囲気だと言っていた。あとは興奮しやすい馬だから当日にイレ込まなければ…」
無乗客で運行する回送列車を想起させる、歓声なき競馬場。興奮しやすい気性は静寂な環境に封印されるのだろうか。ともあれ、カイソウが演じた無観客ドラマは師弟を通じて令和に引き継がれた。
【カイソウ、菊は幻】カイソウは「能力検定競走」として行われた44年6月の無観客ダービーを圧勝した。橋本輝雄騎手を背に3角で先頭に立つと、2着シゲハヤに5馬身差をつける独壇場。勝ち時計は東京競馬場芝2400メートル2分39秒2(重馬場)で、現在より15秒以上時計がかかっていた。優勝記念撮影にはオーナーの有松鉄三氏が賞品の軍刀を携え、久保田金造調教師は国民服姿で臨んだ。その後、無観客の菊花賞でも1位入線するが、出走馬6頭全馬がコースを誤認したためレース不成立。幻の菊花賞馬となったカイソウは陸軍・名古屋師団の乗馬として買い取られ、翌45年5月の名古屋大空襲で行方不明になったとされている。
【04年に殿堂入り】久保田金造氏は中央競馬の調教師として37年から死去する91年まで通算1000勝以上(54年以前は不明)を挙げた。ダービー2勝(44年カイソウ、58年ダイゴホマレ)など3歳クラシック6勝、天皇賞は87年秋のニッポーテイオーなど4勝。04年に競馬の殿堂入りを果たした。