心優しき女性厩務員 元担当馬を引き取った理由とは?「どうしても“諦める”ことができなくて」(前編)

2021年6月24日 14:58

愛馬カティサンダと(右から)西野沙織さん、母サエ子さん、祖母あやこさん

 厩務員は競走馬と最も密接に関わる仕事だ。ただ、プライベートでも馬と暮らしている人はほとんどいないだろう。岩手競馬・斎藤雄一厩舎で厩務員を務める西野沙織さん(30)。昨年8月に引退した元担当馬のカティサンダ(牡8)を家族の協力も得ながら、盛岡市内の祖母の家で世話している。その道のりは決して平たんではなかった。

 「私は初めて担当した馬を絶対に引き取ると決めていたんです。そのことは転厩などで難しくなりましたが、それでも自分の担当した馬はできるだけ幸せにしてあげたい、出来ることはしてあげたいと思っていました。今までに引退した私の担当馬はみんな、運良く行き先がありました。しかし、カティサンダは乗馬に向かない気性に加えて、骨折で3カ月は療養が必要と悪条件がそろっていて、殺処分は免れないなと……。それでも私は人懐っこく、大好きだったカティを“あきらめる”ことができなくて、齋藤調教師に引き取りたいと相談しました。齋藤調教師は『馬代や輸送費もかかるかもしれないぞ』とおっしゃいましたが、それでもオーナーに相談してくださいました。すると、吉田オーナーも『僕もできるだけ殺処分はしたくない。お金はいらないからこれからもかわいがってあげてください。ありがとう」と、私に譲ることを快諾してくださったんです。本当にうれしかったですね。それから1週間、大急ぎで祖母の家の空き地に厩舎作りなどを行って、無事に引き取ることができたんです」

 今では24時間365日、馬のことを考えている西野さんだが、小さい頃から馬に慣れ親しんでいたわけではない。競馬とは全く縁がないまま、大学卒業後はスポーツ用品店の販売員をしていた。ところが4年前、家族と訪れた盛岡競馬場で走っている馬のかっこ良さに一目惚れ。自分の進み道を決めて、翌18年には厩務員となった。今年3月31日には同じく厩務員をしている直樹さん(35)と結婚。母のサエ子さん(52)、祖母のあやこさん(74)の含めた“チーム・カティサンダ”に対し、「とても心強い味方になってくれています」と感謝を口にする。

 「実は当初、カティを引き取ることに最も反対したのは彼でした。家族は反対しながらも、厩舎や牧柵づくりに協力してくれました。でも、彼は厩務員をする以上、馬との関係は割り切らなければいけない、と。馬を愛し過ぎてはいけない。1頭引き取ったらキリがない。厩務員が担当馬を引き取るのはこの世界のタブー。当時は結婚する前だったので、『俺か馬か選べ』とも言われました。彼の言うことは、よく理解していたつもりです。でも、どうしてもカティを“あきらめる”ことができなくて……。そんな私を見て、最終的には彼も引き取ることを認めてくれたんです。今では時々カティの運動のために乗馬をしてくれるなど、すごく協力してくれて、とても心強い味方になってくれています」

 引き取って9カ月。周囲のサポートもあって、どうにかこうにか乗り越えてきた。ただ、苦労は決して絶えない。

 「一番大変なのは仕事との兼ね合いです。幸い競馬場で働いているので、道具は知り合いの厩務員さんに譲ってもらえますし、カイバは飼料屋さんになるべく安くで譲っていただいてます。ただ、カティが暮らしている祖母の家まで、自宅のある競馬場から片道30分かかるので、仕事が長くなると世話に行けないこともあります。祖母や母も手伝ってくれますが、私がいないと放牧はできませんから、『天気がいいから外に出たいだろうなぁ…』と心が痛むこともありますね。また、私がいない時に病気になったらどうしよう…という不安もあります」

 「引退馬のその後」は簡単には解決できない問題だ。近年になって引退馬のセカンドキャリアを支援する活動も広がっているが、決して十分ではない。西野さんも「難しい問題だと思っています」と口にする。

(後編に続く)


 ◇西野 沙織(にしの・さおり)1990年(平2)12月18日生まれ、岩手県出身の30歳。かつての担当馬には昨年の水沢競馬場の金杯を制し、現在はJRA3勝クラスのシンボがいる。趣味は馬遊び、海遊び、おいしいものを食べること。ツイッター(@mochunyan)で愛馬の日常を積極的に発信している。

 ◇カティサンダ(牡8)父デュランダル 母エアヴァレナ(母の父エルコンドルパサー) 13年5月6日生まれ。生産者は北海道様似町の猿倉牧場。通算成績101戦7勝。総獲得賞金1054万8000円。18年には交流重賞のクラスターCに出走して10着だった。曾祖母は80年のオークスを制したケイキロク。馬名の由来は「オーストラリアの幻の湖」。

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