武井師 初ダービー直後に痛感した“一流の凄み”

2023年6月14日 10:15

武井亮調教師(撮影・亀井 直樹)

 日々トレセンや競馬場で取材を続ける記者がテーマを考え、自由に書く「書く書くしかじか」。今週は東京本社の高木翔平(33)が担当する。武井亮師(42)にハーツコンチェルトと挑んだ初ダービーを振り返ってもらった。

 1つのレースが今後の道しるべとなる。競馬にはそんな特別なレースがある。今年のダービーに初めてハーツコンチェルトと挑んだ武井師。開業10年目、調教師としては若手の部類に入る42歳だが、選ばれし18頭だけが立てる舞台に愛馬を送り込んだ。武井師は「こういうことを言うと叱られるかもしれませんが、自分にとってダービーはそこまで特別な一戦ではなかったんですよね。それでも家族が競馬場に見に来たり、周りの反応も凄かった」と笑顔で振り返り始めた。

 皐月賞ワンツーの着順がそのまま入れ替わった今年のダービー。その中で青葉賞(2着)から挑んだハーツコンチェルトは、堂々たる3着に好走した。「レースは冷静に見られました。“出遅れて厳しいな”と。勝ったタスティエーラは最初からポジションを取れていたので、そういう競馬を教えられなかったなと」と同師。それでも直線で懸命に追い上げたコンチェルト。「ダービーの舞台で押し上がる厳しい競馬。凄く頑張ってくれた」とねぎらった。

 忘れられない光景は、レース直後にあった。優勝馬タスティエーラを管理する堀師の姿を見かけて近づいた武井師。祝福の言葉をかけたが、その反応は予想外だった。「“おめでとうございます”と言いに行ったら、“それどころじゃない!”と怒られました。堀先生はタスティエーラの蹄鉄が外れているのを凄く真剣にチェックされていた」。ダービー勝利の余韻に全く浸っていなかった同じ美浦所属のトップトレーナー。3着で安心していた自分との違いを感じたと言う。「あれが一流なんだなと。自分だったら浮かれますよ。今の自分じゃタスティエーラを預かってもダービーを勝てなかったんじゃないかと思わされてしまった。でも、ダービーに出なかったらあのシーンはなかったので」

 ダービートレーナーの凄みを知ると同時に、確かな自信も芽生えた。セリに出てくる馬は徹底的にチェックするという師。コンチェルトはセリに出た馬ではないが、その素材は同世代で最も輝いて見えた。「あの世代でセリに出てきたどの馬よりもよく見えたんです。ダービー1、2着馬はセリに出てきていないので、そこは自信になりましたね」。ダービーが終わり、思い出したのは以前に堀師から聞いた話。「堀先生はドゥラメンテ(15年ダービーV)が1歳の時から“これは凄い馬になる”と思ったらしいんですよね。自分も1歳馬の評価の仕方が変わった。早くもセリが楽しみです」。若き指揮官の中に新たな基軸が生まれた。

 次に見据えるのは菊花賞の大舞台。武井師は「凄く冷静に走れるのが強み。距離が延びるのはいい」と自信をのぞかせる。競馬の祭典でしか得られない貴重な経験。一回りたくましくなった人馬が、秋でさらなる飛躍を見せてくれそうだ。

 ◇高木 翔平(たかき・しょうへい)1990年(平2)4月29日生まれ、広島県出身の33歳。15年入社で競馬班一筋。

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