【追憶の菊花賞】09年スリーロールス  新進気鋭調教師の原点…驚きのダンスインザダーク産駒ワンツー

2023年10月18日 06:45

09年菊花賞、浜中騎手がスリーロールスで優勝しガッツポーズする

 全国リーディングで首位(45勝)を走る杉山晴紀調教師(41=栗東)。馬房数(24)で劣る中、中内田充正師(同26)、矢作芳人師(同30)と互角の勝負を展開する。先日、引退が決まったがデアリングタクト(牝6)という無敗の3冠牝馬も送り出した、今、最も目が離せない若手調教師だ。

 その新進気鋭が、きらめくような才能を初めて披露した、いわば原点というべき一戦が09年菊花賞だ。勝ったのは8番人気の伏兵・スリーロールス。しかし、同馬の調教を担当していた当時27歳の杉山晴紀助手にとっては、自信を胸に送り出した一戦だった。

 この馬で菊花賞へ――。それが09年春、武宏平厩舎スタッフの合言葉だった。素質は相当。ただ、トモ(後肢)がとにかく甘い。秋になって後肢に力が付けば、かなりやれるはず。杉山助手は半年後をにらみ、冷静に計算した。

 5月3日、京都で500万戦(現1勝クラス)を勝った。続いて重賞へ――と行きたいところだが、あっさり放牧に出した。「全ては菊花賞から逆算してのもの。計算通りです」。当時、杉山助手はそう話した。

 8月1日に栗東へと帰厩するスリーロールスのために、杉山助手は忙しく準備した。当時はまだ珍しかったミストファン(水分を噴霧する扇風機)をスリーロールスの馬房に設置。復帰戦は小回りの小倉を避け、伸び伸びと走れる新潟を選択した。叩き2戦目の阪神・野分特別を勝ち、菊花賞出走のチャンスを待つことも計算の上だった。

 「思い通りの成長過程だった。乗っていても腰がパンとしたことが分かる。思い描いたシナリオで菊を迎えられることに胸を張りたい」と当時の杉山助手。最後の関門は抽選。出走確率は7分の6だったが無事に突破した。「何とか出したかった。こういう馬でG1に挑めることは、なかなかないから」と語った。

 1枠1番から絶好のスタート。4番手付近のインを進んだ。リーチザクラウンが飛ばして地力を問われる厳しいペースに。当時20歳の若手、浜中俊騎手がうまかったのは、3角の坂上から4角へと向かう際、外から上昇する馬たちに付き合わず、自分のペースを守ったことだ。

 直線では残り100mでリーチザクラウンをかわして先頭。中団から鋭く脚を繰り出したフォゲッタブルの追い上げを鼻差しのいだ。浜中騎手の左手が上がり、右手でスリーロールスの首を優しく叩いた。

 レース後、リーチザクラウン(5着)から降りた武豊騎手はこうつぶやいた。「ダンスインザダークのワンツーだったか…」。自らがつくり出したペースは、96年に第57代菊花賞馬へと導いた盟友の子を1、2着させる、武豊騎手にとっては皮肉な結果となった。ただ、菊花賞馬の子が菊花賞を制したことに大きく納得したような表情も見せた。

 スタンドで見ていた杉山助手もダンスインザダーク産駒のワンツー劇に体が震えていた。神奈川県の高校時代、競馬に夢中になり、ダンスインザダークが勝った菊花賞を見て、競馬を一生の仕事とすることを決意した。「ダンスインザダークの子で菊花賞へ向かうことを不思議に思う」。その相棒が勝ち、2着フォゲッタブルもダンスインザダークの子。「一生忘れない菊花賞になりました」。そう語った杉山助手が、より大きな舞台を見据えて調教師免許を手にしたのは7年後、2016年のことだった。

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