人も馬も育てた国枝師 根底に流れる「石橋を叩いても渡らない」慎重さ

2026年2月24日 05:25

東京競馬記者クラブ賞特別功労賞を受賞してあいさつする国枝師(撮影・郡司 修)

 【さらば伯楽 国枝栄師 栄翁が馬】伯楽は人も馬も育てた。3月3日付で定年を迎える国枝栄調教師(70)の業績を振り返る連載「栄翁が馬」。2回目は「伯楽の人づくり、馬づくり」に焦点を当てた。3冠牝馬アパパネ、アーモンドアイなどで現役最多のJRA通算1121勝、G122勝(23日現在)を挙げた国枝厩舎の流儀とは…。

 三流のリーダーは金を残す。二流のリーダーは事業を残す。一流のリーダーは人を残すという。トレセン全休日の23日昼、国枝厩舎から巣立った勢司、奥村武、宮田、加藤士の4調教師がつくば市内のレストランで師匠の送別会を開いた。国枝夫妻を囲んだ笑顔の食卓。栗東から駆けつけた元所属ジョッキーの国分優を含めた弟子たちが思い出話に花を咲かせた。

 「国枝厩舎ほど風通しの良い厩舎はないと思いますよ。先生にも言いたいことが言える。雰囲気がとっても良かった」と振り返るのが奥村武師。国枝師匠の下で調教助手を務めた03年から調教師に転身する14年までの11年間にはマツリダゴッホ(有馬記念)、ピンクカメオ(NHKマイルC)、マイネルキッツ(天皇賞・春)、アパパネ(牝馬3冠)のG1ホースが誕生した。いずれも山盛りのエピソードを持つ名馬だが、奥村武師の脳裏により深く刻まれているのは重賞勝ちのなかったマイネルソロモンの05年香港遠征。

 「レースの数日前に微熱を出したんです。マイネルの会員さんたちも香港に応援に来ていたし、ぎりぎりまで様子を見るという選択肢もありましたが、国枝先生は“いや、やめる!”と即断しました。無理だけはさせない。徹底していました。故障につながる恐れがあることは絶対にやらない。先生に教わったことです」。弟子の4調教師にも引き継がれた国枝イズムを端的に表したエピソードである。

 “競馬のレジェンド”藤沢和雄氏の伝によれば、獣医師の資格を持つ調教師には石橋を叩いても渡ろうとしない慎重派が多い。東京農工大卒業時に獣医師免許を取得した国枝師は「そうかもしれないなあ。アーモンドアイの香港遠征を微熱で取りやめた時も、翌日には平熱に戻って普通に調教できたからね。フジさん(藤沢氏)に“熱なんか測るから行けなくなるんだ”って言われたよ」と笑う。だが、石橋を叩いても香港に渡らなかった慎重過ぎる対応が翌年の天皇賞・秋、ジャパンC連勝劇につながったとすれば…。禍福はあざなえる縄のごとし。国枝師の座右の銘「塞翁(さいおう)が馬」を地で行く名牝だった。
 “栄翁”が育てた弟子たちと懐かしそうに振り返った名馬列伝。「またやろう!現役調教師のおごりで」。そんなおちゃめな締めのあいさつだったのか。気が置けない師弟の笑い声が送別会の食卓を優しく包んだ。一流のリーダーは人を残す。超一流のトレーナーは人も馬も残した。

 ◇国枝 栄(くにえだ・さかえ)1955年(昭30)4月14日生まれ、岐阜県北方町出身の70歳。東京農工大卒。78年、美浦・山崎彰義厩舎の調教助手に。89年、調教師免許取得、90年開業。99年スプリンターズS(ブラックホーク)でG1初勝利。07年にマツリダゴッホで有馬記念制覇。10年アパパネ、18年アーモンドアイで牝馬3冠達成。JRA通算9516戦1121勝(23日現在)。

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