ローエングリンで03年ジャックルマロワ賞に挑んだ後藤騎手と伊藤師の縁

2026年8月14日 05:18

03年、ムーランドロンシャン賞で2着と健闘した後藤浩輝騎乗のローエングリン(左)(AP)

 【競馬人生劇場・平松さとし】今週末の現地16日、フランスのドーヴィル競馬場でジャックルマロワ賞(G1)が行われる。今年はシックスペンス(田中博康厩舎)とシュトラウス(武井亮厩舎)が挑戦する予定だ。過去には7頭の日本調教馬がこのレースに挑んでおり、私は最初に出走したギャロップダイナ以外、全て現地で観戦してきた。

 中でも最も印象に残っているのは、タイキシャトルが圧倒的な1番人気に応えて優勝した1998年だ。普段は冷静な藤沢和雄調教師(引退)が雄叫びを上げながら観戦し、これまた冷静な岡部幸雄騎手(引退)がレース後に涙を流した。日本調教馬としても、その前週にシーキングザパールが史上初めて海外G1を制したのに続く、2週連続の快挙。今のように海外遠征が当たり前の時代ではなかっただけに、その喜びはひとしおだった。

 次によく覚えているのは、テレグノシスとローエングリンが挑んだ2003年。結果はテレグノシスが3着、ローエングリンが10着だったが、より印象に残っているのは、惨敗に終わったローエングリンの方である。

 手綱を取ったのは、今は亡き後藤浩輝騎手。伊藤正徳厩舎からデビューした後藤騎手は、半ば厩舎を飛び出すようにして米国へ渡り、武者修行に励んだ。その経験を糧に帰国すると、一流騎手への道を駆け上がっていった。しかし、師匠である伊藤調教師だけは、なかなか彼を乗せなかった。

 そんな折、後藤騎手が4カ月もの騎乗停止処分を受ける。その際、復帰後に騎乗馬が集まるよう奔走したのが、他ならぬ伊藤調教師だった。

 こうして再び絆を強めたコンビで挑んだ海外遠征がローエングリンだったのだ。先述したように結果は10着。それでも、続くムーランドロンシャン賞(G1)では2着に巻き返した。
 今では伊藤調教師も鬼籍に入ってしまった。

 もし2人が健在だったら、今年もドーヴィルでジャックルマロワ賞を迎えるこの時期に、あの03年の遠征について、いろいろな話を聞いてみたかった。あの時、2人は何を思い、何を語りながらドーヴィルの地を歩いていたのだろうか…。(フリーライター)

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