【スプリンターズS】装蹄師・山本正人さん 驚いたウインカーネリアンの生命力「本当に凄い」

2026年9月23日 05:20

ウインカーネリアンの装蹄師を務める山本正人さん(撮影・村上 大輔)

 秋もどっぷり迫ります!水曜企画「G1 追Q!探Q!」は担当記者が出走馬の陣営に聞きたかった質問をぶつけて本音に迫る。「第60回スプリンターズS」は東京本社・鈴木悠貴(35)が担当。昨年覇者ウインカーネリアンの装蹄師・山本正人さん(45)を徹底取材した。「大病」「復活」「名馬との共通点」の3テーマから強さの秘密をひもとく。

 【大病】蹄なくして馬なしという。足の指の先端に持っている硬い角質の器官でもある蹄は、重い体重を支えつつ、硬い地面を走るためのクッションの役割を果たす。人を乗せ、かつ速く走るサラブレッドにとっては“第2の心臓”とも言える。

 ウインカーネリアンの蹄は2歳の頃から特殊だったという。山本さんは「多くの馬は立体的な爪をしているのですが、この馬は薄くて平爪。かかとや蹄底(足の裏にある、おわんのようにくぼんだ部分)を痛めやすいな、と思っていたんです」と当時を振り返った。

 不安は現実となってしまった。4歳春の21年ダービー卿CTを取り消した翌週に山本さんは異変を感じた。「最初は挫石(蹄底に起きる炎症)かと思ったんですが、蹄に線が入ってきて…。これはちょっとおかしいなと」。その後、JRAの職員に診断を願い出た。蹄葉炎だった。

 【復活】過去にはテンポイントやミスターシービー、サンデーサイレンスといった歴史的名馬も患い、死へと至らしめた大病だった。蹄の内部における激しい炎症、強い痛みを伴うという。要因は馬運車での輸送によるストレスや、調教での疲労、飼料に含まれる物質の過剰摂取など多岐にわたる。

 ウインカーネリアンはミネラルの一種、セレンの摂取が原因のセレニウム蹄葉炎だった。20年のキャリアがある山本さんでも、初めて目の当たりにした珍しい病気だったらしく「びっくりというか、本当にこういうのがあるんだな」と当時の率直な心境を語った。

 その後は牧場での長い休養を経て、22年3月の六甲Sで復帰戦を迎える。山本さんは「生死に関わる大変な病気からの復活ですからね。カーネリアンの生命力っていうんですかね。本当に凄いですよね」と、その強さに驚いた。

 【名馬との共通点】装蹄師は馬の性格によって、蹄の打ち替え方法を少し変えている。ウインカーネリアンの若駒時は「やんちゃ」な面が強く、1日2足だけの打ち替えだった。「基本的には1日で4足できる馬が多いですけど、この馬は…。向こうは遊んでいるつもりなのかもしれないけど、凄くちょっかいをかけてくる。時間はかかるけど、危ないんでね」と苦労話を明かしてくれた。

 9歳を迎えた今では1日4足もお手の物。ただ、やんちゃっぷりは変わっていない。山本さんは「今でも油断はできません」と苦笑い。「その気性的な若さが、この年齢を迎えても走る馬の特徴なのかもしれませんね」と分析する。その時、「似たような馬がいました」と挙げたのが11歳でJ・G1を制した障害界の絶対王者オジュウチョウサン。「2頭とも、いつもフレッシュな感じでね。カーネリアンも記録をつくってほしい」とJRA平地G1最年長Vに期待を寄せた。

 【取材後記】ウインカーネリアンがG1初勝利を挙げた昨年のスプリンターズS当日、山本さんは祖父のお墓参りに行っていた。「お墓の前にいる時、ふと“あっ、レースが始まるな”と思って、携帯電話で見たら勝ちそうで…。“行け”って絶叫してしまいました」と運命的なエピソードを語ってくれた。「そういう意味でも忘れられない。本当に感無量でした」と再び喜びをかみしめた。

 山本さんは高校卒業後、装蹄師学校で勉強したのち、宇都宮競馬場で修業。その後、美浦トレセンでの15年ほどの修業を経て、およそ10年前にJRAの装蹄師として開業。直後にウインカーネリアンを担当することになった。「一番付き合いの長い馬でね。病気のことも含め、いろいろな経験をさせてくれた馬なんです。だからこそ、応援しています」。一人前の装蹄師に導いてくれたパートナーの連覇を心から願った。

 ○…火曜朝のウインカーネリアンは三浦を背に雄大な馬体を揺らし、Wコースをゆったりと1周した。動きを見守った鹿戸師は「いつも通り。僕より馬の方が(調整方法を)分かっているからね」と愛馬を信頼。「体調を万全にできるように心がけます」と、23日の最終追いに備えた。

 ◇山本 正人(やまもと・まさと)1981年3月26日生まれ、栃木県出身の45歳。県立宇都宮白楊高3年時に馬術部で国体出場。学校に訪問していた装蹄師から誘いを受け、装蹄師の道へ。装蹄師学校を卒業後、宇都宮競馬場で修業し、その後は美浦トレセンで名馬タイキシャトルなどを担当した装蹄師・志賀勝雄さんに師事。15年ほど修業したのち、およそ10年前にJRAの装蹄師として開業。

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2026年9月23日のニュース