【書く書くしかじか】落馬大ケガから1年 新たな「フジイチャレンジ」
2023年4月26日 10:10▼日々トレセンや競馬場など現場で取材を続ける記者がテーマを考え、自由に書く東西リレーコラム「書く書くしかじか」。今週は栗東取材班の田村達人(30)が担当する。昨年4月16日の福島8Rで落馬し、休養中の藤井勘一郎(39)にリハビリ生活の近況を聞いた。
落馬から1年。藤井勘一郎は前を向いて歩み続ける。昨年4月16日の福島8Rで落馬、第4胸椎脱臼骨折の大ケガを負った。意識を失い、目が覚めた時は病院のベッド。胸から下の感覚が全くなく、今後どうなるんだと思った。落馬から2日後、自身のツイッターで“負けないぞ”と決意を新たに、リハビリ生活が始まった。藤井は「過去の出来事をこうすれば良かったと振り返るのは違うし、ツイッターでリハビリの記録を残していこうと。ファンの方々の温かいコメントは大きな励みになっています」と感謝を口にする。
5月半ば、福島から札幌競馬場近くにある病院に移った。慣れない車椅子での生活。最初は小さな坂道を上るだけで腕がパンパンになった。「これまでの人生で当たり前にできていたことが全くできなくなり、それに対する歯がゆさがあった」。不安な気持ちになった時、頑張ろうと勇気をくれたのが騎手仲間や国内外の関係者たち。夏の札幌開催中、M・デムーロ、ルメール、川田、福永技術調教師ら、ライバルであり戦友の仲間が病院に駆けつけた。コロナ禍のため、電話をしながらガラス越しでの面会。直接会って話すことはできなかったが一人一人の思いが伝わり、胸が熱くなった。「数え切れないほどたくさんの方がお見舞いに来てくれました。それが入院時のモチベーションになったし、ただただ感謝です」と笑みを浮かべる。
目の前のことをコツコツと。地道な努力を重ね、少しずつ見える景色が広がった。「1人で外出できるようになった時はうれしかった。車椅子で初めて電車に乗った時は小学校の頃、おつかいに行った時のような緊張感。駅員さんにスロープを出してもらったりと初めてのことばかり。周りの目、降りる駅で本当に駅員さんが待っていてくれるのか。ドキドキでした」。計4カ所の病院、約8カ月の入院生活が終わると奈良県の実家に戻った。2月、約10カ月ぶりにトレセンを訪問。「馬って、素敵だと改めて実感。馬の足音、トレセンの雰囲気など全てが新鮮でした」と目を輝かせた。
4月から滋賀県で妻・沙織さんと子供3人、家族5人の新生活をスタートさせた。元気いっぱいの子供がリビングを走り回る。笑顔の絶えない明るい家庭。「この1年、長かったような短かったような。落馬を機に僕の人生が新たに幕を開けた。家族が目に見えるサポート、心のケアまで支えてくれています。子供たちのために自分も頑張らないと、というのがモチベーションにもつながっている。ここから新しいサイクルをつくっていきます」。オーストラリア、韓国など世界13カ国で経験を積み、6度目の挑戦でJRA騎手免許を取得した苦労人。自身のキャッチフレーズ「フジイチャレンジ」を胸に諦めず、明るい未来に向かっていく。
◇藤井 勘一郎(ふじい・かんいちろう)1983年(昭58)12月31日生まれ、奈良県出身の39歳。01年にオーストラリアのニューサウスウェールズ州で見習騎手免許を取得。19年にJRAデビュー。20年フラワーC(アブレイズ)でJRA重賞初制覇。JRA通算1182戦42勝。1メートル67、52キロ。血液型O。
◇田村 達人(たむら・たつと)1992年(平4)11月12日生まれ、大阪市出身の30歳。高校卒業後に北海道ケイアイファームへ。育成&生産に携わる。予想スタイルは取材の感触