西園正師 開拓者精神で1052勝 競馬界で55年「今になって思い浮かぶのは楽しい思い出だけ」
2026年2月4日 05:30 今年は東西トレセンで7人の調教師が70歳定年制により、3月3日をもって引退する。ホースマン人生を振り返る連載「さらば伯楽」の第2回は栗東の西園正都師(70)を取り上げる。騎手、調教師合わせて1000勝以上をマークした名伯楽に、55年間に及ぶホースマン人生を振り返ってもらった。
「生まれ変わってくることができれば、また騎手と調教師をやりたい」。15歳で競馬の世界に飛び込んで55年。西園正師が騎手、調教師として積み重ねた勝利の数は優に1000を超えた。「苦労もあったけれど、夢みたいで、あっという間の素晴らしいホースマン人生だった。競馬のない人生はあり得ない。今になって思い浮かぶのは楽しい思い出だけ」と晴れやかだ。
中学生だった69年、ダイシンボルガードが大崎昭一を背に先頭で駆け抜けたダービーを見て騎手を志す。「競馬の血が流れていた」の言葉通り、調教師の祖父(福徳栄次)や伯父(柳田次男)の後を追うように競馬の魅力にのめり込んだ。74年に栗東の大根田裕也厩舎から騎手デビュー。「大根田先生は素晴らしい方で“人間とはこうあるべきだ”ということを教えてもらった。今があるのは先生のおかげ」。心底尊敬できる師匠との出会いが“素晴らしいホースマン人生”を加速させた。
騎手としてJRA303勝。「重賞のカブトヤマ記念(85年=チェリーテスコ)を勝てたのが一番の思い出。インターグロリアやノースフライト、サマニベッピンといい馬にも乗せてもらった」。過酷な減量を乗り越えて着実に白星を重ね続けたが、40歳が近づくと「自分のイメージ通りに体が動かなくなった」と調教師転身を決意する。
3度目の受験で難関を突破し、98年に42歳で開業。01年阪神JFで厩舎にG1初勝利をもたらしたタムロチェリーは抽選馬(プロ野球ドラフト会議同様のウェーバー方式で、希望する馬主に販売されるJRAの育成馬)だった。指名順が下位だった西園正師は“残り物”の中からタムロチェリーを見いだして選択。同じく同馬を狙っていたのが師匠の子息である大根田裕之師で「裕之が後ろから“そっちにするなよ~!”なんて言っていた(笑い)。彼とはよく近くの山へ蕨(わらび)採りに行った仲で」と臨場感たっぷりに述懐する。
「当たり前のことを当たり前に継続してやっていく」を指針に厩舎を運営し、調教師としてJRA749勝(1日現在)。中央での重賞勝利は先週のシルクロードS(フィオライア)で32となった。10年にはエーシンフォワードがマイルCSを勝ち、サダムパテック(12年マイルCS)&ジュールポレール(18年ヴィクトリアマイル)は兄妹でG1を制した。「乗り替わりになることが一番つらかった」自身の騎手時代の経験から、「雑音が聞こえてきても」コンビ継続にこだわったこともあった。タガノビューティー×石橋脩、ハクサンムーン×酒井学など、ファンを魅了する人馬のドラマも演出した。
23年には長男の翔太師=顔写真=が厩舎を開業。4代地続きの調教師一家となり、「孫もいるので、うまく誘導していこうかな」とニヤリと笑う。次世代のホースマンに向け、「私が長い競馬人生でたどり着いた結論は一人の力じゃ何もできないということ。特に馬にはたくさんの方が関わっているから。感謝の気持ちを忘れてはいけない」と言付けを残し、人情派トレーナーは表舞台を去る。「何をやらせても不器用な僕が1000勝できた。墓の下の大根田先生に少しは褒めてもらえるかな…」。胸を張って墓前に報告できる55年間だった。
◇西園 正都(にしぞの・まさと)1955年(昭30)12月29日生まれ、鹿児島県出身の70歳。74年3月に騎手デビュー。JRA通算3875戦303勝を挙げた。97年に騎手を引退し調教師に転身。98年に開業してJRA通算8838戦749勝(1日現在)。長男の翔太師も調教師となった。厩舎のメンコにデザインされた赤い五稜星は北海道開拓使のシンボルマークで「フロンティアスピリット(開拓者精神)」の象徴。


