【ウマ娘と名馬】サイレンススズカが見せた夢の走り

2024年6月21日 12:17

宝塚記念を制したサイレンススズカ(左)とエアグルーヴ(右)。「ウマ娘」メインストーリー第5章「scenery」より(C)Cygames,Inc.

 今、歴代の名馬に再びスポットライトが当たっている。クロスメディアコンテンツ「ウマ娘 プリティーダービー」が火付け役となった近年の競馬ブーム。スポニチアネックスでは、レジェンド騎手・武豊が「相当に詳しい」と舌を巻いたウマ娘の緻密なストーリー設定と、モチーフになった史実の共通点を読み解く新企画がスタート。第4回は今週末に行われる「宝塚記念」で生涯唯一のG1タイトルを獲得した“異次元の逃亡者”サイレンススズカを取り上げる。

 サイレンススズカの走りには夢が詰まっていた。スタート直後から他馬の追随を許さないハイペースで先頭を走り、直線のラストスパートで再び加速してライバルを突き放す…。“逃げて差す”と形容された無類の走りは、まさに競走馬の理想形。IFストーリーを織り交ぜながら丹念にサイレンススズカの物語を描いているゲーム「ウマ娘」メインストーリー第5章「scenery」でも、その走りは「ウマ娘にとって夢のような走り」と表現されている。

 「scenery」には史実でサイレンススズカと同じく武豊騎手が主戦を務めた1歳上のエアグルーヴや、1歳下のスペシャルウィークも登場。エアグルーヴは互いに切磋琢磨するライバルとして、スペシャルウィークはスズカに憧れる後輩として描かれている。

 今でも伝説が語り継がれるサイレンススズカだが、クラシック期から華々しく活躍できたわけではなかった。デビュー前から並外れた運動神経で注目を集め、単勝1・3倍の圧倒的支持を集めた新馬戦を7馬身差圧勝。しかし、「栗東トレセンでは皐月賞はこの馬で決まり!の声さえ上がっている」(97年2月26日スポニチ)中で迎えた2戦目・弥生賞ではゲートが開く前に前扉をくぐるなど平静を失い8着に大敗。「馬房の中でぐるぐる回って、てこずらせる」など気性面に課題があり、レースでもそのわんぱくさが露呈してしまった。

 ただ、「気性難」という評価には管理する橋田満調教師はかぶりを振っている。

 「皆さんが思っているように気性の悪い馬ではなく、非常に素直でおとなしい馬なんです。ただ、走ろう、走ろうという気持ちが旺盛なだけ」(98年10月28日スポニチ)

 「ウマ娘」のサイレンススズカのキャラクター設定にも「物静かでストイックだが、他者を嫌っているわけではなく、ただ走ることに心を奪われているだけ」とある。「scenery」最終第13話「追い求めた“景色”」で、サイレンスズカが口にする「やっぱり、走るのって楽しい……!」はスズカの個性を凝縮したセリフのように思える。ちなみに、ゲーム内では無意識に左に旋回してしまう“癖”も再現されている。

 速く走りたい。そんな純粋な気持ちを最大限に生かす“逃げて差す”走りが確立されたのは、心身ともに充実した古馬(当時の年齢表記で5歳)になってからだった。2月のバレンタインSを4馬身差で逃げ切り、3月の中山記念で重賞初制覇。4月の小倉大賞典は3馬身差、5月の金鯱賞は同期の菊花賞馬マチカネフクキタルなどをぶっちぎり、JRA平地重賞最大着差である1秒8の大差をつけて圧勝した。鞍上の武豊騎手も「今日の競馬なら日本のどんな馬が相手でも勝っていたでしょう」と興奮が伝わるコメントを残している。

 そして、7月の宝塚記念で2着ステイゴールド、3着エアグルーヴを破ってG1初制覇。その充実ぶりは食欲にも反映され、4歳時には「カイバ3升ほどでレースを使ったこともあった」というが、「今は5升半から6升、きっちり食べる」(98年7月8日スポニチ)ように。この頃には陣営も「いずれは海外へ」と壮大なプランを描き始めていた。

 10月の毎日王冠は生涯最大の馬体重(452キロ)で出走。1歳下の無敗馬エルコンドルパサー&グラスワンダーに影も踏ませず逃げ切った。6連勝を飾ったこのレースはG2にもかかわらず13万超の大観衆が東京競馬場に集まり、ウイニングランも行われた。「乗っていて楽しいし、こんなタイプの馬は僕にとって初めての体験」という武豊騎手の談話や、「次元が違う」と感嘆する他陣営の声を、98年10月12日付スポニチはG2としては異例の一面で報じた。その3週間後、天皇賞・秋での事故によりこの世を去ったサイレンススズカにとっては、この毎日王冠が最後の勝利となってしまった。

 翌99年の天皇賞・秋、先頭でゴール板を駆け抜けたのはスペシャルウィークだった。不振に陥っていた相棒との復活Vに、武豊騎手は「最後の最後で抜いたゴール前。あのひと押しはサイレンススズカが後押ししてくれたように思えて仕方ないんです。きょう、北海道の牧場で静かに眠る彼の一周忌に参加し、1年遅れたけど“勝ったよ”と報告してきます」(99年11月1日スポニチ)と当時の胸中を言葉にしている。

 さて、「第65回宝塚記念」が行われる6月23日、サイレンスズカがデビューした京都競馬場では第10競走に「サイレンススズカカップ」が組まれている。スペシャルウィークとグラスワンダーの2強対決に沸いた99年宝塚記念の発走直前に名物実況アナウンサーの杉本清さんは「あなたの夢はスペシャルウィークかグラスワンダーか。私の夢はサイレンススズカです。夢叶わぬとはいえ、もう一度この舞台でダービー馬やグランプリホースと走ってほしかった」とファンの思いを代弁する名文句を紡いだ。あれからちょうど四半世紀、今年は伝説の逃げ馬が見せてくれた夢に思いを巡らせながら、グランプリの発走を迎えるファンが多いことだろう。

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