ダイワメジャー追悼 2018年アーカイブス復刻版 奇跡の復活劇 丈夫な馬がG1ロードをばく進
2026年1月20日 14:53 ダービー卿チャレンジトロフィー制覇で完全復活近しに見えたメジャーだったが、G1ではなぜか運から見放された。2番人気に推された続く安田記念は8着。前年最下位のリベンジに燃えた天皇賞・秋は賞金順“次点”でゲートインを果たせず、マイルCSは内から完全に抜け出しかに見えたが、大外強襲ハットトリックに無念の鼻差負け。無冠に終わった4歳時の悔しさを、5歳秋の完全復活につなげた。
迎えた06年。2月のトリノ五輪ではフィギュアスケート女子シングルの荒川静香が日本唯一の金メダルを獲得。また8月の全国高校野球選手権は斎藤佑樹を擁する早稲田実が、田中将大を擁する駒大苫小牧を引き分け再試合の末に優勝を飾り、「ハンカチ王子」フィーバーに沸いた。そしてメジャーは同年秋、最盛期を迎えようとしていた。秋初戦の毎日王冠でG1・2勝馬の同期ダンスインザムードを退け、好発進Vを飾り、天皇賞・秋に勇躍向かった。大逃げを打つインティライミの2番手を進み、早め先頭で堂々と完封。3歳の皐月賞以来、実に926日ぶりのG1制覇を飾った。生産者の社台ファーム・吉田照哉代表は「奇跡としか言いようがない。メジャーの場合は手術自体がうまくいったし、術後の経過も良かった。再びG1を勝てて最高の気持ち。医療スタッフの技術も向上したと思う」と表彰台で感激に震えた。
管理する上原博之師も当時の記憶は鮮明に覚えている。屈辱の最下位からスタートした3年越しの天皇賞・秋制覇の宿願だった。
「5歳秋で馬も充実して、もまれ弱い面も解消していた。それに安藤ジョッキーもこの馬の特長を完全につかんでくれていた。先行して、早めに抜け出す。レーススタイルが完全に確立していた。喘鳴(ぜんめい)症の手術をした後にG1を勝ったのはメジャーが当時初めて。そういった意味でも、うれしかったです」
続くマイルCSは1番人気に応えG1・3勝目。暮れの有馬記念は距離不安もささやかれる中、ディープインパクトの3着に頑張った。翌6歳はドバイデューティーフリーで3着。安田記念とマイルCSを制し、G1勝利数を「5」にまで伸ばした。そして、ラストランとなった有馬記念。3歳下の妹ダイワスカーレットとの兄妹対決に注目は集まった。2番手から早めに先頭に出た妹。いつもより一歩引いた位置から、猛然と追い込んだ兄。しかし、ゴールでは兄妹の先にもう1頭、マツリダゴッホがいた。
「両方とも似たような先行脚質。妹とはけんかをしないで、仲良く走ってほしい。そんなオーナーサイドの思いもありました。両方で行って両方でつぶれてしまうのも嫌だった。結果的には妹に花を持たせる形にはなったけど…。2年連続有馬記念で3着。頑張ってくれたな…と思います」
2歳の有馬記念当日にデビューを果たし、有馬記念で丸4年間の“メジャー劇場”は完結した。秋川雅史の「千の風になって」が大ヒットした07年。レース直後には声援に送られ、引退式が行われた。種牡馬入り後はカレンブラックヒル、メジャーエンブレム、レーヌミノルなどG1馬を輩出し、大活躍している。
「喉を手術したので現役時は気遣って1600~2000メートルを中心使っていたけど、どんな距離でもこなした。もしかすると、人間の方がその可能性を制限してしまったかな。半面、距離を絞って使ったのでG1を5つも勝ってくれたかもしれない。やっぱり、子供たちは気になりますね…。メジャー自身、喉を手術した夜に、カイバをペロリと食べてしまうぐらいに生命力が強かった。それに喉を治療した以外、脚元のケガが一度もなかったばかりか、風邪をひいたことがなかった。丈夫な馬だった。そんな強さが子供たちには引き継がれていると思います」(構成&聞き手・小田 哲也)
