小西一男師 馬本位で35年 師弟コンビで重賞も制覇「最後まで全うできるのは幸せ」

2026年2月11日 05:28

18年2月、田辺(中央)との師弟コンビでクイーンCを制した小西一男師

 ホースマン人生を振り返る連載「さらば伯楽」第3回は美浦の小西一男師(70)。94年ゴーゴーナカヤマ(京成杯3歳S=現京王杯2歳S)を皮切りに調教師としてJRA重賞8勝を挙げた。個性的な名馬を手がけたほか、18年クイーンCではテトラドラクマで愛弟子・田辺裕信(41=フリー)との“師弟コンビ”で重賞初制覇。さまざまな人馬が紡いだ思い出をたっぷり聞いた。

  競馬一筋の人生だった。「生まれた時から中山競馬場で育ってきた。ずっと馬が近くにいたからね。競馬場が遊び場だったし、他の世界は考えられなかった」。定年引退を間近に控えた小西師が懐かしそうに振り返る。
 父・登さんは元騎手で元調教師。幼少期から競走馬に囲まれた生活を送ってきた。騎手を目指したいと思うのは自然の成り行き。「野平祐二さんに憧れていた。野球でいう長嶋茂雄さんのようなスターでしたから」。74年に美浦・柴田欣也厩舎所属で騎手デビュー。82年には調教師に転身した父が管理するタケデンフドーとのコンビで皐月賞(4着)、ダービー(20着)にも出走した。「ダービーは独特な雰囲気があって特別なレース。乗れるだけで楽しかった」

 父の背中を追うように90年に調教師免許を取得。翌年、美浦トレセンに開業した。厩舎運営のモットーは“馬本位”。「毎日調教して脚が腫れたり、熱が出たり、病気になったりするのは人間と同じ。それをいかに早期発見、治療できるか。365日、24時間、馬のことを考えてきた」。原動力になったのは勝利への強い思い。「結果を出せれば一番の励み。皆で喜ぶためだね」と目尻を下げた。

 調教師としては中央重賞8勝。数々の“個性派”を育て上げた。厩舎に初タイトルをもたらしたゴーゴーナカヤマは米国産馬。「今でこそ日本は追いついているけど、当時は外国産馬が強かった。若い時は外国まで買いに行ってね。僕も競馬の世界で育ったけど(海外で)違うものを見せてもらったのは思い出」と述懐する。近年では大きな流星がトレードマークだったケンシンコウ、重賞3勝(地方含む)ペイシャエスを育成。「良い馬に恵まれた。ケンシンコウは気がきつかったね(笑い)。鞍を置くのもなかなか大変。顔も独特で印象に残っています」と携わった愛馬に思いをはせる。

 テトラドラクマで制した18年クイーンCも忘れられない。コンビを組んだ田辺はデビューした02~16年まで厩舎に所属した愛弟子。師弟コンビで待望の重賞Vだった。「一緒に勝てたのはうれしかった。最初から乗れていたわけではなく、努力していたからね。今の活躍はうれしく思いますよ」とうなずく。その気持ちは弟子も同じ。「先生は逃げるのがあまり好きではないけど勝負を懸けて逃げ切った。勝つための競馬をしたい。そのくらい意識した。本当に優しくて、僕が右も左も分からない中で受け入れて、育ててもらった」と田辺。今も感謝の気持ちを忘れていない。

 騎手デビューから数えて、53年目を迎えた小西師。多くの人馬に支えられてきたホースマン人生だった。「生まれてからずっとこの世界にいて、最後まで全うできるのは幸せ」。愛馬たちと向き合う日々も残りわずか。最後の瞬間まで目の前の仕事に心血を注ぐ。 

 ◇小西 一男(こにし・かずお)1955年(昭30)9月30日生まれ、千葉県出身の70歳。74年3月に騎手デビュー。89年12月の騎乗を最後に引退。JRA通算1363戦92勝。90年に調教師免許を取得。91年、美浦で開業。94年京成杯3歳S(現京王杯2歳S)をゴーゴーナカヤマで重賞初制覇。JRA通算7546戦537勝(うち重賞8勝、10日現在)。

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