【追憶の桜花賞】13年アユサン C・デムーロ、騎手人生初のG1制覇 最後に立ちはだかったのは…
2026年4月8日 06:45 3月28日に行われたUAEダービー。ワンダーディーンをVに導いたのはクリスチャン・デムーロだった。
日本馬が海外遠征した際、クリスチャンがその鞍上にいる時の安心感は絶大なものがある。
イタリアで騎手デビューし、その数年後には南関東で短期免許を取得、来日した。いや、その前からすでに何度か来日して、兄・ミルコのG1制覇の際の口取りに並んでいた。早くから日本競馬と関わりを持ってきたC・デムーロだからこそ、日本のファンは盤石の信頼を寄せることができる。
今やC・デムーロは世界指折りの名手。凱旋門賞を筆頭にいくつものG1を制したが、その始まりは13年桜花賞だった。
当初、この桜花賞に騎乗馬はいなかった。騎乗予定だった丸山元気騎手が土曜の福島で落馬した。急きょ、代役を探したところ、短期免許で来日中だったC・デムーロに白羽の矢が立った。
チャンスを生かしたい。C・デムーロは丸山にアドバイスを仰いだ。「出来はいい。中団で折り合えば最後は脚を使うので馬を信じるように」。助言を忠実に実行したことが歓喜につながった。
道中は9番手。人馬の呼吸は完璧だった。直線を向く。サウンドリアーナの背後からサッと外に出して進路を確保した。左ムチを放つと、アユサンは俊敏に反応し、残り200メートルで先頭に立った。
そこで外から襲いかかったのがクリスチャンの兄、ミルコ・デムーロが乗ったレッドオーヴァルだった。初G1制覇に向けて突っ走る若者の前に立ちはだかったのは、幼い頃から憧れ続けた兄。C・デムーロは最後の力を振り絞った。
残り100メートルでレッドオーヴァルが先頭に立ったように見えた。絶体絶命のアユサン。手前(軸脚)を替えた。もうひと伸びしてレッドオーヴァルを差し返した。ゴールの瞬間、首差、アユサンが前にいた。
「ビッグ・ジョブ!」。クリスチャンはそう叫んで兄ミルコに笑顔を送り、兄の手をつかんで健闘を称えた。兄は喜びと悔しさが入り交じった複雑な表情を浮かべた。1人のライバル騎手として兄も全力を尽くし、2着に敗れて悔しがった。
JRA・G1での兄弟ワンツーは史上初。予測不可能な、急きょの乗り代わりの産物で偉大な記録が生まれるのだから競馬は不思議だ。
お立ち台でC・デムーロは「丸山騎手のためにも結果を出せて本当によかった」と感謝の言葉を伝えた。今や、凱旋門賞を2勝(20年ソットサス、23年エースインパクト)するほどの世界的名手となったC・デムーロ。サクセスストーリーのスタートが日本のG1だったことを日本の競馬ファンとして誇りに思いたい。
