【ジャパンC】時計に泣き時計に笑ったルメール
2020年11月27日 05:30 【競馬人生劇場・平松さとし】1981年、第1回ジャパンCは衝撃の幕切れとなった。日本で行われる初めての国際競走ということで、予想は難解。外国馬7頭対日本馬8頭という構図で、1番人気に推されたのは米国でG1を1勝していたザベリワン。しかし、これに続く2~4番人気は前走の天皇賞(秋)の2着モンテプリンス、1着ホウヨウボーイ、3着ゴールドスペンサーといった日本勢。実績的には大したことのない外国馬が相手なら日本馬で充分に太刀打ちできると多くの人が予想していたのだ。
しかし結果は外国馬が上位4着までを独占。優勝したメアジードーツは、母国米国でサンタバーバラH(G1)2着が目立つ実績という程度の6歳牝馬だったが、2分25秒3という当時のレコードで圧勝した。
その後、第4回でカツラギエース、翌年はシンボリルドルフが優勝したものの、しばらくは海外勢のスピードの前に日本馬は苦戦した。第6回はジュピターアイランド、第7回はルグロリュー、そして第9回にはホーリックスといった外国馬がいずれも当時のレコードタイムを更新して制覇。ホーリックスの2分22秒2という時計は16年間、破られなかったが2005年には英国馬アルカセットが2分22秒1で優勝。17年ぶりに従来のレコードを0秒1だけ更新した。
「凄い脚で追い上げてくれたけどこんなに速いレコードタイムでは差し切れませんでした。残念」
当時、そう言って唇をかんだのがルメール騎手。アルカセットと同タイムで走った2着馬ハーツクライの手綱を取っていた。
そんな時計に泣いた彼が13年後、そのレコードを破ってジャパンCを優勝した。それが18年のアーモンドアイ。2分20秒6と、大幅にレコードを更新しての優勝劇だった。
そのアーモンドアイが今週末のジャパンCで2勝目を目指す。無敗の3冠馬コントレイルとデアリングタクトも出走するが、ルメール騎手は言う。
「アーモンドアイはこれがラストラン。無事に走った上で好結果を残してほしいです」。 (フリーライター)