蛯名の新たな人生 今度は感謝される側に

2020年12月18日 05:30

新規調教師試験に合格した蛯名正義騎手(撮影・郡司 修)

 【競馬人生劇場・平松さとし】先週の阪神ジュベナイルフィリーズ(G1)は白毛馬ソダシが優勝で幕を閉じた。今週末、同じ舞台の阪神競馬場、芝1600メートルで行われるのが朝日杯フューチュリティS(G1)だ。

 6年前の2014年、この両レースを勝ったのが蛯名正義騎手。阪神JFをショウナンアデラで制すと、朝日杯FSはダノンプラチナで優勝してみせた。

 この年の蛯名騎手は春にも皐月賞(G1)をイスラボニータで、天皇賞(G1)をフェノーメノでそれぞれ優勝。武豊騎手の同期だから当時で45歳。通算2500勝以上を達成している名手に“好調”というのは失礼だが、まさに円熟期といってよい活躍を見せていた。

 しかし、当の本人はただの一度も自らの手柄とは言わなかった。当時も何度かインタビューをさせていただいたが、共通して口をついたのは「スタッフが頑張ってくれた」というセリフ。イスラボニータでは「出遅れたり掛かったりする馬だけど、皆が将来を見据えて矯正しようと頑張ってくれた」と言い、フェノーメノでは「前哨戦の日経賞で負けたのに短期間で良い状態に戻してくれた」と語った。

 そしてそういう姿勢は彼が若い時から同じだった。蛯名騎手といえば思い出されるのは1999年、凱旋門賞(G1)で2着したエルコンドルパサー。同馬は当時、約半年フランスに滞在。イスパーン賞(G1)では2着に負けたがその後のサンクルー大賞(G1)を優勝。秋はフォワ賞(G2)を勝利した後、凱旋門賞に挑戦。モンジューの半馬身差2着に善戦。それまで日本馬が全く歯の立たなかった凱旋門賞に、希望の光をともす騎乗を見せた。しかし、当時、彼は言った。

 「慣れない土地に入ってから半年間もずっと好調でいられるわけはない。少なからず調子を崩した時期もあったと思うのに、凱旋門賞でピークにもっていってくれた。スタッフの努力に感謝です」

 そんな蛯名騎手がこのたび、調教師試験に合格。来春からは“スタッフ”の側になる。新しい人生も応援したい。(フリーライター)

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