【有馬記念】乗峯栄一の賭け 「東方の三博士」

2023年12月21日 11:00

 去年のダービーのときから「イクイノックス」に悩んだ。走りに悩んだのではない。馬名だ。「昼と夜の長さが等しい日」という意味のラテン語だか、古フランス語だとかいうことで、それはいい。日本でいう「春分の日」「秋分の日」だ。

 「じゃ、なぜ春分の日、秋分の日は祝日なんだ?」などと考える。これは調べてみるに、宮中の「皇霊祭」(代々天皇の霊を称える)という行事の日に当たる。だから明治新暦になってからも、祝日になるのは早かった。大事な宮中行事の日というのは早くから祝日になっていて、戦後になってからも「新嘗祭」(にいなめさい・天皇が五穀豊穣を願って新米を食べる日)は「勤労感謝の日」として、「紀元節」(日本書紀による神武天皇即位の日)は「建国記念の日」として残る。

 それもまあいい。問題は「皇霊祭」がなぜ春分の日、秋分の日に行われるかだ。これを論拠をもって答えられる、古代史学者はめったにいないと思う。西洋でも古くから「イクイノックス」という言葉で祝うようだから、昼の長さと夜の長さが等しいというのは、何か庶民にとってもめでたいことに違いない。しかし何がめでたいのか分からん。

 さあ、ここからだ。そもそも「昼の長さと夜の長さが等しい」あるいは「太陽が真東(真東というのはサンフランシスコあたりじゃないですからね。ブラジル・リオデジャネイロあたりですからね)から上り、真西(真西というのはずっと行くと南アのケープタウンあたりに行きますからね)に沈む」とはどういうことか。

 ぼくは物持ちがよくて、高校の地学の教科書なんかまだ持っているが、それを引っ張り出すと「春分の日・秋分の日というのは、年に2回、赤道と黄道の交わる日」と出ている。「ああ、そうなのか」とはいかない。赤道はまあイメージできる。そこを中心に地球が自転している“地軸”に対して、最も大きい大円(回転するコマのもっとも太い部分)が赤道だ。だから赤道上は地球上で最も速度が速いんですよ。“慣性の法則”で誰もそれに気づかないけど。

 でも黄道って何だ?「黄道って、あなた、空の星を見たことないの?星は1年でグルッと回って、また元の位置に戻ってくるでしょ?冬の星座と言われているオリオン座だって、北極星を守っていると言われるカシオペア座だって、1年経ったら同じ位置に戻ってくる。太陽だって“地上の星”の一つですからね。1年たったらグルッと回って、また元の位置に戻る。その太陽の1年の道を黄道って言うんですよ」と教えてくれる。でもしかしだ。太陽は、星の一つというにはあまりにマブシ過ぎて「1年で一周じゃなくて、1日でいつも一周してるじゃないか」と思ってしまう。「太陽が1年で一周する道」って何だ? ずいぶん悩んだ。カネにも何にもならないのに、ずいぶん悩んで、こう思うことにした。ご存じの通り、地球は自転していると同時に太陽の周りを1年で一周公転している。ところが地球は、この公転面に対して23・4度だか地軸が傾いていて、しかもこの地軸の傾きは一年間変わらない。例えば日本は北半球にあるから、傾きで、太陽に対して北半球が前に出たときが夏(あるいは夏至)、後ろに引っ込んだときが冬(冬至)で、真横に来ると地軸の傾きは関係ないから春分の日・秋分の日(イクイノックス)になる。

 つまり、黄道とは地球を公転面で切ったときにできる線で、真横に来たときはこの線は赤道と交わるから、黄道と赤道と交わる日、イクイノックスになる。違うかもしれない。違うかもしれないが、いい。ぼくはこれでいく。 ※ 

 今年の有馬は12月24日、クリスマスイブに行われる。愛し合う恋人たちのための有馬だ。サンタクロースがプレゼント馬券をトナカイのソリに乗せてやってきてくれる有馬だ。山下達郎の有馬で、雨は夜更け過ぎに雪へと変わり、きっとキミは来ないと思っていた当たり馬券が最終新幹線に乗ってやってくる日だ、とか甘いことを思っていてはいけない。

 新約聖書をしっかり読んでごらんなさい。イエス・キリストが12月25日に生まれたなんて、どこにも書いてないんだから。冬に生まれたとすら書かれていない。ただ、マタイ伝だけには、東方の(星占いの)三博士がエルサレム郊外のベツレヘムにやってきて「われら、東方にて星を見、新しき救世主がこの地にお生まれになると知り、拝せんがために来たれり」と言ったという(何月何日かとかは書かれていないよ)。

 驚いたのは妊産婦マリアだ。大きなおなかをさすりながら「わたしゃ、明日にでも産まれそうなんだよ。処女なのに。なんでよ?」とグチばかり言っていた。その女性がいきなり“聖母”だ。みどり子をヘロデ王から隠すためにかいば桶を持っていかれた馬小屋の馬も「え?何?」と途方にくれた。「すべて星の知らせだ」と東方の三博士は馬に説諭する。その説諭された馬の末裔(まつえい)が今回の有馬を勝つ。

 イエスの誕生が12月25日と言われだしたのは、一説にはヨーロッパ北方で冬至を祝う風習があったからだという。最も太陽の見えない日も今日で底だ、明日からはどんどん陽が長くなると喜ぶんだという(南半球の、たとえばオーストラリアの人とかは、真夏のクリスマスで、それからどんどん陽が短くなるというのにねえ)。

 イクイノックスの突然引退には驚いた。みなさんもそうだと思う。天皇賞、ジャパンCと強烈な走りを見せて、有馬もどうしようもないなという感じだったけど、電撃引退でがぜん混戦になった。しかし逆を言えば、イクイノックスは春分、秋分の馬だ。冬至近くのクリスマスイヴには危なかったかもしれない。

 こういうときには、どうしても「東方の三博士」またの名を「西方おんぼろアパートに住む占星術師」の出番だ。日本全国、有馬を予想する人は数万人いるはずだが、その中に「星を見る人」しかも「50年前の高校地学の教科書を保存している人」がいるか!ということになる。

 「星を見る人」は「スターズオンアース(地上の星)」だ。自分の馬小屋からイエスを隠すためにかいば桶を持って行かれ「オレ、食べ物、どうすんの?」と途方にくれたベツレヘムのクリスマス馬はこの馬の祖先に違いない。星を見ていたら分かる。「地学」の教科書を50年保存している占星術の博士なら分かる。予想に迷ったら星を見なさい。

 われ、西方にて、星(スターズオンアース)を見たれば、拝せんがために来たれり。

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