【ダービー】牧浦師 亡き松本好雄オーナーへの感謝胸にメイショウハチコウで恩返しを
2026年5月29日 05:20 亡きオーナーへの感謝の思いを胸に管理馬を晴れ舞台に送り出す。開業18年目の牧浦師はメイショウハチコウで2年ぶり2度目のダービー出走(前回は24年エコロヴァルツ8着)となる。
メイショウの冠名で親しまれた松本好雄さんが昨年8月29日に死去。その前週23日に個人馬主として史上初のJRA通算2000勝を達成した。今もなお、その存在感を牧浦師はしみじみ感じている。「本当に凄い方。周りの方々を大事にされ、客観的に見ても馬主としてあるべき姿を体現されていた感じです」と尊敬の念は尽きない。
開業当初の縁が今回のダービー出走につながった。09年3月に死去した安田伊佐夫師の管理馬を引き継ぐ形で同年6月に開業。その中に松本さん所有のメイショウジンムがいて、そこから信頼関係を築いてきた。メイショウハチコウ預託のきっかけについては「リストの中から選ばせていただけることになり、何頭かピックアップして北海道で実際に見た時にシルエット、雰囲気が凄く良かったんです。当時は1歳の秋ごろ。先々、成長すれば良くなるだろうなと感じて、お願いしました」と振り返る。
耳なじみがいい馬名の由来は渋谷駅の待ち合わせスポットとして有名な「忠犬ハチ公」から。牧浦師自身も「5歳の雄犬を飼っています。凄く人懐っこい穏やかな性格。犬は好きですね」と笑みを浮かべながら「馬名を聞いて、クラシックに乗せたいと思いました」と大舞台を意識した。昨年9月2日に先代オーナーの死去が発表され、最初の新馬勝ちがこの馬(9月13日、中山芝2000メートル)だったことも印象深い。2走目のホープフルS挑戦(16着)は期待の表れ。「正直、状態はあまり良くなかったですけど将来のためにG1を経験させたかったので」と経緯を明かした。
あれから経験を積み、前走プリンシパルSを制して出走権を得た。冠名メイショウのダービー制覇となれば06年メイショウサムソン以来となる。「馬は犬と違って待つことはできないかもしれないけど“忠馬”として勝つことで会長に恩返しができたら」と思いをはせた。成長力豊かなロジャーバローズ産駒が頂点に向かって突き進む。
◇牧浦 充徳(まきうら・みつのり)1974年(昭49)8月17日生まれ、京都市出身の51歳。同志社中の頃に乗馬クラブに通い始め、同志社高を経て同志社大文学部を卒業。社台ファーム(北海道千歳市)で経験を積み、JRA競馬学校厩務員課程を経て00年4月に栗東・加用正厩舎へ。02年2月から森秀行厩舎で調教助手を務め、ノボトゥルーやスターキングマン、キャプテントゥーレといったGI馬に携わった。よく稽古をつけたアグネスジェダイは交流重賞を6勝。ドバイにも遠征した。09年に調教師免許を取得し、同年6月に34歳で厩舎を開業。JRA通算4248戦302勝、うち重賞5勝。

