【根本康広 我が道6】3歳を怖がる16歳がいるか? 考えさせる師匠の短い言葉
2026年10月6日 07:00 厩舎での実習を行うにあたり、橋本輝雄調教師が会いに来てくれました。馬事公苑の教育課長の部屋にソファがあって、先生と既に橋本厩舎に所属していた先輩の星野信幸騎手が座っていました。「よろしくお願いします!」とあいさつしたら、星野さんがガバッと腕をつかみました。「テキ(調教師の呼称)!駄目だ、こんなカトンボ」。カトンボは蚊のように細くて力がないという意味です。同期の中でもひときわ小さくて、非力でした。「ああ、駄目なのか」と思っていたら、橋本さんが「星野、そう言うなよ。いいじゃないか」と優しく言ってくれた。何とか面倒を見てもらうことになりました。
橋本厩舎は東京競馬場にあり、兄弟子たちが使っていない部屋に住まわせてもらうことになりました。玄関があってすぐに部屋。何もないところでした。今の東京競馬場だと競馬博物館がある通り辺り。今は取り壊されたけど、当時はあの辺りに厩舎があったんです。厩舎の仕事はするけど、もちろんお給料はありません。衣食住は調教師が用意してくれて、月800円くらいのお小遣いをもらっていました。
今の競馬学校には模擬レースもできるような立派なサラブレッドたちがいますが、当時の実習は年長馬ばかりでした。それが厩舎実習で東京競馬場に行けば、若駒から何にしても元気いっぱい。まるで迫力が違うんです。当時はどの馬に乗っても持っていかれた(制御不能になること)んですよ。師匠が見守る中、どうにもならなくなってコースを3周も4周もぶっ飛ばしたこともありました。どの馬も電信柱を力いっぱい引っ張っている感じでした。
ある日、師匠から「今、馬にまたがる時に“嫌だなあ”と思っただろう」と言われたことがあります。素直に「はい」と答えると「おまえは今、何歳になったんだ?」と続けます。「16歳です!」と言うと「その馬はまだ3歳だぞ?3歳の子供を怖がる16歳がいるか?」と教えてくれました。メンタル面の指導です。「はい、分かりました!」と威勢よく返事をして、そのまま3歳馬にビューッと持っていかれるような調子でした(笑い)。
師匠は普段から言葉数が少なく、アドバイスも短い言葉が多かった。一瞬、何のことだろうと分からないのですが、今思えばこちらにもちゃんと考えさせるようにしていたんですね。全てを教えるのは簡単だけど、それではアドバイスを受ける側はなかなか成長できない。これは私が調教師になって弟子を持つようになってからも意識していたことです。
◇根本 康広(ねもと・やすひろ)1956年(昭31)1月31日生まれ、東京都出身の70歳。77年3月に騎手デビュー。87年日本ダービー(メリーナイス)などG13勝を含め重賞14勝。障害戦でも活躍し、79年にはバローネターフで中山大障害を春秋連覇。JRA通算2633戦235勝。97年に騎手を引退し調教師に転身。98年に開業し通算6420戦218勝。藤田菜七子元騎手ら5人の弟子を育てる。

