【根本康広 我が道16】13番人気ギャロップダイナでルドルフに大金星 85年 天皇賞秋

2026年10月17日 07:00

85年天皇賞秋、ギャロップダイナ(5)に騎乗しシンボリルドルフ(内)を差し切る大金星

 ギャロップダイナ、バローネターフを管理された矢野進調教師は凄く丁寧な方でした。年下の私にもいつも敬語。“根本さん”と呼んでくれました。その矢野進さんが「根本さん、本当は(ギャロップダイナは)天皇賞に出すような馬じゃないんですよ。ダートで短い距離を使う馬なんです」と言います。矢野進さんとのコンビで天皇賞・秋に挑むのは2度目。79年はここを叩き台にした障害馬バローネターフと出走しました。「バローネターフ(13頭立て11着)の時のように一番後ろから1頭でも抜かしてほしい。一番ケツ(最下位)になるのは嫌なんで」とのオーダーでした。

 当時、シンボリルドルフの主戦・岡部幸雄さんは「馬にメンコを着けるのはナンセンス」と常々、言っていました。馬の五感、耳をふさげば大切な聴力を損なうということでした。で、当日のギャロップダイナです。あまりにうるさくてうるさくて、メンコを二重に着けていました。「これは大丈夫なのか…」と思いました(笑い)。

 レースでは引っかかりました。短距離を走ってきた馬なので当然とも言えます。大外枠から出遅れたルドルフがスーッと向正面を上がって行く。その時も、グッと重心を下げて手綱を引っ張るだけでした。直線を迎えても「1頭だけでも負かさなきゃいけない」と思っているから、ジッと我慢。すると、脚がたまったのか次第にスピードに乗っていきました。「1頭は負かせるな」から「3着はあるんじゃないか」に変わっていく。ゴールの瞬間、勝敗は本当に分からなかった。(内にいた)ルドルフとは離れていましたから。

 当時の映像を見返しても、私は遅れて手を上げています。レース直後は「えっ、勝っちゃったのか?」という感じです。終わってみれば1分58秒7とレコードタイムでの勝利。当時はレコードを出すと、JRAから記念メダルがもらえました。今も大切に取ってあります。13番人気で単勝馬券は8820円の配当をつけました。競馬初心者だった函館の友人は1000円の単勝馬券で応援してくれていたらしく「8000円が戻ってくると思ったら、8万円が戻ってきたよ」と大興奮です。当時のサラリーマンにとって8万円はかなりの大金。「函館じゃ使い切れないよ」と言いながら大盤振る舞いしたようです。

 バローネターフの中山大障害(春)、ギャロップダイナの天皇賞・秋は共にレコードでの勝利でした。普段のレースではダメなんですけど、不思議とビッグレースになると派手な勝ち方ができました。そういう大舞台で思わぬ力を発揮できる。そんな感覚も生まれました。翌年の86年夏。何だか脚が短くて、コロコロしていて、本当に可愛い馬と出合います。デビューから引退まで手綱を取り続け、ダービーにも挑むメリーナイス。最初は(犬の)フレンチブルドッグみたいな馬だなという印象でした。
 ◇根本 康広(ねもと・やすひろ)1956年(昭31)1月31日生まれ、東京都出身の70歳。77年3月に騎手デビュー。87年日本ダービー(メリーナイス)などG13勝を含め重賞14勝。障害戦でも活躍し、79年にはバローネターフで中山大障害を春秋連覇。JRA通算2633戦235勝。97年に騎手を引退し調教師に転身。98年に開業し通算6420戦218勝。藤田菜七子元騎手ら5人の弟子を育てる。
 

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