【追憶の天皇賞・秋】08年ウオッカ 激闘制した「2センチ差」 武豊は直感で勝利を悟っていた
2023年10月25日 06:45 天皇賞・秋といえば、これである。08年、ウオッカとダイワスカーレット、2センチ差の大接戦。記者が検量室前、取材可能なギリギリ最前線で見届けた“あの時、何が起きていたか”を再現したい。
素晴らしいレースだった。1番人気はウオッカ。前年のダービーで64年ぶり、史上3頭目の牝馬によるVという偉業を成し遂げ、この年の春には安田記念を制していた。
2番人気はダイワスカーレット。ウオッカの同期。桜花賞、秋華賞でウオッカを下し、ウオッカ不在のエリザベス女王杯を楽勝。この年の春は大阪杯(当時G2)で同世代の菊花賞馬アサクサキングスを軽々と3着に退けていた。
ここまでウオッカとダイワスカーレットの直接対決はダイワスカーレットの3勝1敗。レースは、そのダイワスカーレットの逃げで始まった。
1000メートル通過は58秒7。ダイワスカーレットにとっては全くのマイペース。ウオッカは7番手の外。直線では外を伸び伸びと走らせようと武豊騎手は考えていた。
直線を向く。インのラチ沿いで粘るダイワスカーレット。外からウオッカとディープスカイが並んで追い込んだ。インの2頭目からはカンパニー。外からエアシェイディ。しかし、最後はこの2頭だった。ダイワスカーレットにウオッカが追いついたところがゴールだった。
12万観衆は「どっちだ」「分からない」。武豊騎手は自分が勝ったと思ったそうだが、確信が持てず、ウイニングランをせずに引き揚げた。
検量室前に戻った時、武豊騎手は殴られたような衝撃を受けた。暫定の着順が記される検量室内のホワイトボードに、ダイワスカーレット1着を示す「7」の文字が書かれていたからだ。「嘘だろ」。首をひねりながら2着の枠場に入る。「勝ったと思ったが…」。何度も首をひねって検量室へと入った。
ダイワスカーレット陣営はホワイトボードの数字を見て、“残っている”ことを確信した。喜び爆発の松田国英師。だが、安藤勝己騎手は確信が持てず、周囲に合わせるように笑みを浮かべるだけだった。「負けているな、と思った。みんなが1着の枠場で待っているから“えっ”と思ったくらい」
そこからの写真判定が長かった。椅子にどっかと腰掛けた安藤騎手。「どうですかね?」と聞くと「分かんないなー」と柔和な笑みを見せた。武豊騎手は記者から遠く離れたところで、揺れる心中を表すかのように落ち着きなく歩き回っていた。
写真判定は13分。運命の3時56分。決勝審判がホワイトボードの数字をいったん、全て消した。1着欄に改めて書いた数字は「14」。検量室内に「うおー」という声が上がった。興奮気味に手を叩く武豊騎手。「やっぱり負けてたね」。安藤騎手は苦笑いを浮かべて記者たちの前から奥へと引き揚げた。
決勝審判がホワイトボードに書いた数字が訂正されることなど、これまでなかった。いわば、検量室内では“世紀の大逆転”が起こっていたのだ。ウオッカを管理する角居勝彦師はこう言った。「写真判定の間は負けを覚悟していた。勝っていると分かって“信じられない、それでいいのか?”と思った」。それだけ、めったにないことが起きたのだ。
判定写真を見た。2頭は全く並んでいる。JRAによれば、差はわずか2センチ。それでも第1感で勝敗が分かっていた武豊、安藤両騎手。超一流の凄みを肌で感じながら、ウオッカの優勝原稿を書いた。