【ダービー】松山弘平 皐月賞馬ロブチェンと臨む11度目の夢舞台「あの時の僕とは違う」
2026年5月25日 05:30 さあダービーウイーク!競馬の祭典「第93回日本ダービー」に向けた1週間が始まった。史上25頭目の春2冠制覇にチャレンジするのが皐月賞馬ロブチェンだ。南欧モンテネグロの名山が馬名の由来。連載企画「見たこともない景色」で陣営の思いに迫る。松山弘平(36)は過去10回の騎乗で23年3着が最高着順。力を出し切った、その先に絶景が広がっていると信じて――。人馬一体で頂上にアタックする。
多くのホースマンが憧れるように、松山にとってもダービーは特別な位置付けだ。「初めて生で見たのは競馬学校時代、ウオッカが勝った07年。思い出に残っています。今年の目標は何ですか?と聞かれた時にダービージョッキーになりたいとずっと言ってきました。レース名の後ろにジョッキーと付くのはダービージョッキーだけですよね。常に目標にしているレースです」と強く意識している。
初騎乗はデビュー5年目の13年、ミヤジタイガで18番人気18着。あれから経験を積み、G1を10勝した。勝ち星と圧倒的に多くの敗戦を重ね、今がある。11度目の今年はロブチェンとのコンビ。皐月賞馬で臨むのは17年5着アルアイン以来、2度目で「当時はやっぱりダービーの雰囲気に少しのまれてしまったな、というふうに思います」と悔しさが残った。23年は前年秋のデビューから一貫して手綱を取ったハーツコンチェルトとのコンビ。首+鼻でタイム差なしの3着と頂に届きそうで届かなかった。「いろんな馬に経験を積ませてもらって今はアルアインの時と違う、とはっきり言えます。あの年も思ったけど2冠を狙えるのはロブチェンだけ。ともに挑めるのは素直にうれしい」と重みをかみしめる。
皐月賞の勝ち時計は1分56秒5。コースレコードで逃げ切った。「パドックから返し馬も落ち着きがあり、いい雰囲気でした」と振り返る。「ゲートで我慢して自分のタイミングで出ることができたのは良かった。最後は体が沈んで勝負根性を見せてくれました」と力走をねぎらった。
まだ4戦しかしていない。「今もそうだけどデビュー前からずっと“緩い”と言ってきました。トモがしっかりしていない部分があり、そういう感じであの走りができるのがこの馬の凄さかなと思う。力を出し切ってくれるのが騎手として心強い」と強みを表現する。唯一の敗戦である2走前の共同通信杯3着は発馬機内で前に突っかけたタイミングでゲートが開き、スタートが良すぎたことで前に壁をつくれず、難しい競馬を強いられた。そこから中8週で皐月賞へ。あの短期間にも進境がうかがえた。「共同通信杯は気負いを感じたけど前走はそんな面を感じなかったです。心肺機能が優れているのも武器」とアピールする。
前走後は坂路の2週前追い(13日)で初コンタクトを取り、翌々日のゲート練習でも感触を確かめた。そして20日の1週前追いはCWコースで実戦を想定した併せ馬で準備を整えている。「大きな変わり身はないけど動きがいい。ゲートも落ち着いていたし、それが何より」と好感触だ。
ダービーウイーク特有の熱気を感じる中、今の心境をストレートに言葉にした。「ジョッキーになりたいと思った日の自分に見せたいレース。人馬一体になって全能力を発揮させてあげられたら結果は付いてくると思います」。20年コントレイル以来、史上25頭目の皐月賞&ダービー2冠制覇、そして自身のダービー初制覇へ。熱い思いを胸に、信頼を寄せる相棒と大舞台に立つ。
◇松山 弘平(まつやま・こうへい)1990年(平2)3月1日生まれ、兵庫県神戸市出身の36歳。小学生の頃から阪神競馬場の乗馬センターで乗馬を学ぶ。JRA競馬学校騎手課程25期生で同期に小野寺、国分恭、国分優、丸山。09年3月1日に栗東・池添兼雄厩舎所属でデビューし、同日の小倉1Rトミケンプライマリで19歳の誕生日を自ら祝う初騎乗初勝利。11年2月21日にフリーになる。20年にデアリングタクトとのコンビで牝馬3冠制覇。JRA通算1万4010戦1419勝、うち重賞はG1・10勝を含む57勝。
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