【宝塚記念】市原ひかり 愛馬イクイノックスで奏でる勝利へのグルーブ感

2023年6月21日 05:30

東京競馬場のパドックで笑顔をみせる市原ひかり(撮影・郡司 修)

 シルクホースクラブの一口出資会員として愛馬イクイノックスにラヴ・バラードを奏でる女性ミュージシャンがいる。10枚目のリーダーアルバムをリリースした人気ジャズトランペッター、市原ひかり。G1インタビュー「時の人」で競馬愛のメロディーに耳を傾けてみると…。

 ――市原さんはジャズトランペッター&ジャズシンガーの二刀流。ジャズ界のソダシと言われていますが、イクイノックスの愛馬会員になった理由は?
 顔と歩様が私の好みにぴったりでした。イクイノックス君は初めての出資馬でしたが、他の子とは顔が全然違いました。1歳時に写真と動画で初めて見たところ、いい顔しているなと。目がくりくりして、達観したような瞳。太めの流星も私好みです。

 ――歩様にも魅了された?
 競馬歴は浅いのですが、いつもパドックに張り付いているので歩様にだけは自分の好みがあるんです。ガタンゴトンせず、鼻先から尾の先まで一本のバネが通ったような歩き方が素敵です。イクイノックス君は細くて幅が出ないんですけど、すごく柔らかいからこんな歩様になるみたい。体の使い方は音楽にも通じるんですよ。

 ――本業のジャズにも通じる?
 ちょっと首の位置を変えるだけでトランペットの音は変わるんです。足や肩の開き方によっても全然違ってきます。だから演奏の際に体の使い方はものすごく気にしています。返し馬もジャズミュージシャン目線で見ていますが、騎手と馬のコンビネーションなんてジャズと一緒。凄くいいベーシストとドラマーが共演しても合わないことがあるように、素晴らしい騎手と素晴らしい馬でも合わないことがあると思います。

 ――伝説のジャズシンガー、ビリー・ホリデイとジャズビアノの巨匠、オスカー・ピーターソンは互いに自己主張が強すぎて、息が合わなかった。怪物オグリキャップと鉄人・増沢末夫のコンビも駄目。「ウマが合わない」と増沢さんは漏らしていた。

 馬が合うかどうかを見るのが返し馬だろうと。人馬がグルーヴ(疾走感を意味するジャズ用語)しているかどうかを確かめる。競馬の公開リハーサルです。ジャズは本番前の1時間ぐらいしかリハーサルしません。初コンビ、全くのテン乗りでも、「初めまして」とあいさつして短い練習で音を出して息を合わせる。返し馬にそっくりだと思いませんか?お馬さんも人格ならぬ馬格というものがあるわけですから、鞍上と性格が合う合わないで馬生が左右されるんですよね。能力を引き出してもらえないこともあるんじゃないですか。ウチらジャズミュージシャンはみんな一匹狼ですが、リーダーによって演奏自体が変わってくる。お客さんによっても演奏が変わるんですよ。競馬も一緒ですよね。お客さんの盛り上がりによってレース内容も変わるでしょう?同じ演奏は2度できないし、同じ走りも2度できない。体調や気分、相手との折り合いによって変わってきます。

 ――イクイノックスはルメールとの折り合いもバッチリだが、3歳春は惜敗が続いた。
 皐月賞、ダービーでは地獄の連続大外枠。ダービーの2着は悔しかったです。1コーナー寄りの柵の前からカメラを向けていると、イクイノックスが差したように見えるんです。ところが…。馬場から引き揚げる際、ルメールさんとイクイノックス君はドウデュースのウイニングランを悔しそうに見ていたんです。じっと立ち止まって…。

 ――悔しい思いを2度と味わいたくないと思ったのか、その後は3戦3勝。
 「学校から帰ってきたら、ちゃんと話を聞いてあげなきゃいけないような子供」。イクイノックスに関するインタビューで木村先生(調教師)がこんな話をされていたほど食が細かったのに、3歳の夏休みを経て、ご飯食べられるようになったんですって、可愛いです!秋の天皇賞ではクラブ会員向けの口取り(優勝記念撮影)の抽選に当たったので私も木村先生の隣にちゃっかり写ってます。有馬記念も現地で観てましたが、ゴールする前からうれし泣きしていました。ドバイではパドックに入る前は全くスイッチが入っていなかったのに、周りに人が増えると急に“やる気スイッチ”が入ったみたいでした。人に見られるのが好きなんですかね。私たちもライブのステージに上がったら背筋が伸びますが、彼もエンターテイナーって感じがします。

 ――お気に入りの顔も古馬になって変わった?
 精かんさが加わって、どんどんイケメンになっています(笑い)。いい男になったなと(笑い)。強いお馬さんはみんないい顔してますよね。

 ――市原さんは馬の絵も描いていますが、イクイノックスもイケメンに描写していますね。絵画はいつから?
 6、7年前から独学でアクリル絵の具で描くようになりましたが、最近は競馬好きが高じて馬の絵ばかりです。

 ――宝塚記念に期待することは?
 ここまで来ると、無事に走ってくれれば、それでいいです。先日のダービー(スキルヴィングがレース直後に急性心不全で急死)見ちゃって…ごめんなさい(涙声)、大きなレースでも起こり得ると思うと…。

 ――話は変わりますが、競馬との出合いはいつ?
 ブラストワンピースが勝った有馬記念(18年)の日にコンサートに出演していたんです。楽屋に戻ると、共演したミュージシャンの人がスマホで有馬記念を買っていて、面白そうだなと。すぐハマりました。ハマり過ぎて、4頭の一口会員になっちゃいました。競馬にすごく詳しいピアノの調律師さんがいます。ジャズのライブハウスでお会いしたその調律師さんの教えは「競馬もジャズも生で見なさい」。それで、翌年の根岸Sの時に初めて東京競馬場へ行って、パドックで初めて見たところ、あまりにも馬が可愛くて…。

 ――ジャズと競馬は親和性が高い。ジャズピアニストのビル・エヴァンスも馬好きが高じて、米国で繋駕(けいが)競走の馬主になった。
 繋駕競走もそうかもしれませんが、「(5)差せ!、(6)粘れ!」とか、出走馬を賭け事の道具みたいに番号で呼んではいけないなと。まず馬がどういう生き物かを知らないと、長続きしないだろうし、自分の中に罪悪感が生まれそうだと思いました。先にサラブレッドの勉強をしたうえで競馬にハマろうと。本もたくさん読みました。

 ――参考になった本は?
 たとえば、「馬と話す男」(モンティ・ロバーツ著)。

 ――ロバーツさんといえば、米国の藤沢和雄とも言われるトレーナー。
 「サラブレッドに心はあるか」(楠瀬良著)、「馬はなぜ走るのか」(辻谷秋人著)も勉強になりました。馬がどんな気持ちで走っているのかを知りたかった。競馬の仕組みも勉強しました。私に限らずジャズミュージシャンって突き詰めたがりが多いんです。探究心がないとジャズもできないですから。この人、どんなコードチェンジでどんなアドリブ吹いているんだろうっていうのを全部“耳コピ”して譜面にして自分も吹けるようにする…みたいなのが競馬になった(笑い)。

 ――ピアノの調律師の助言で始まった競馬場通いは今も続いている?
 通いまくってます。東京競馬場ばかりですけど、ほば毎週、土、日曜とも行きます。東京は横に広いので開放感があって好きです。

 ――ジャズドラマーのアート・ブレイキーも開放感を求めてニューヨークのベルモントパークやアケダクト競馬場に通っていた。
 「馬は愛情表現として鼻を近づけて息を吐く」。そんな習性を本で知った翌日、東京競馬場の触れ合いコーナーに行ったら、ホワイトワンボーイというアトラクションホースが鼻を近づけて息を吐いてくれた。私、メロメロになりました。馬券でメロメロになったのはロジャーバローズのダービー(19年)。初めて万馬券(3連複)が当たって…その後はとんと来ないですけど(笑い)。

 ――話を聞いていると、予想のスタンスもデータ派ではなく、パドック派?
 馬券を買う時はまず馬柱で候補を挙げて、それをパドックで絞って、返し馬で全然違う馬が出てくるんですよ(笑い)。いつも締め切り直前まで迷っています。馬券は1日5000円以内。馬券で稼ごうとは思ってないです。パドックと返し馬で良いなと思った自分の感覚が正解なのかどうかの答え合わせ。それが私にとっての馬券…なんて気取ったこと言ってますが、“念のためワイド”しか当たらないから、あー全然もうからない。必勝法があったら、教えてください。

 ◇市原ひかり 1982年(昭57)生まれ、東京都出身。05年、洗足音楽大ジャズコースを首席で卒業。同年ポニーキャニオンからデビューアルバム「一番の幸せ」をリリース。19年に初のボーカルアルバム「Sings&Plays」を、21年には10枚目のアルバム「Anthem」をリリース。ジャズにとどまらず、竹内まりや、山下達郎らのアルバムにもソロプレーヤーとして参加している。父はジャズドラマーの市原康氏。シルクホースクラブに入会し、アロマデローサ(牝3)、メテオリート(牝3)、カンティアーモ(牝2)を含めた4頭の愛馬会員(500分の1口)になっている。

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